超短編『祈り』
もう口もきかないで、黙って黙って平和だけ祈る。
そう言って恋人は、口を閉じ、目を閉じ、一心に祈り始めた。
恋人の体は、すっかり光って、大きく大きく大きくなっていく。
壁も天井も透過して、ぐんぐんぐんぐん空高く伸びていくから、もう顔も見えない。
上にばかり気を取られていたら、体はどんどん床を透過して、大地に潜り込んでいく。
だからもう、恋人は巨大な部分でしかない。しかも、眩しくてとても直視できない。
恋人は、祈りの光になって、人々に降り注ぐ。
動物にも、植物にも、建物や海や川にも、車にも。あらゆるすべてに分け隔てなく。
だから、今夜は心安らかに眠れるだろう。
おやすみなさい。と唇にのせてみる。
恋人の戻るまでに、せめて布団を温めておこう。