桜(週刊ポプラビーチ掲載作品)

 仲間と花見をした帰り道。
 家までの道のりを少し遠回りすると、川沿いに桜並木がある。等間隔に植えられた桜は年々立派に枝葉を伸ばし、毎年見事な花を咲かせるのだ。
 酔い覚ましにもなるしと、ひとり夜桜を眺めながら歩いていた。
 十本ほど先に、闇に際立って美しく、なまめかしいほどに白い花をつけた桜があった。見れば見るほど美しく、暗い空に映えている。
 だんだんと近づいて行くと、手前の桜に比べて、一枚一枚の花びらが妙にふらふらと動いている。種類の違う桜で花弁の多い花なのだろうか。
 そんなことを考えながら目を凝らすと、花と見えたものがみな、小さな手のひらである。
 遠目には花にしか見えなかったが、風が吹けば、ざわざわと揺れ、その度にいくつかの手が握ったり開いたりする。
 それを見た瞬間、辿って来た道を引き返そうかと思ったが、振り返って同じような木があったら、後にも先にも進めなくなる。
 ここは気づかぬふりをして通り過ぎよう。それが良いように思えた。
 この花は散るのだろうか、散らぬのだろうか。ちらと考えたが、それ以上は忌まわしく思えて考えるのをやめた。
 その木の脇を、歩調を変えず、気がつかないふりをし、木がなるべく視界に入らないようにして通り過ぎる。
 一本、二本、三本、と通過した木を数えて何事も起こらなかったので、ほっと息を吐いた時だった。
 背後で、はたりと何かが落ちる音が聞こえた。
 ああ、あの花が散ったのだ。そう思ったが、振り返らずに歩いた。
 以来、桜は苦手である。