九十九神のもと(Web幽読者投稿怪談掲載作品:テーマ「艶」)

 どこか遠くへ行ってしまいたい。うふふ、と君が笑う。ちょっとヤケばちな感じだ。
 君がひとりでどこかへ行けるわけもないじゃないか。そう言うと、声の調子が少し低くなった。
 「そんなこと言うなら、わたしの首をかえして。」
 君の首なんて、見た事もない。そう答える。
 「首よ。いつもあなたが指を絡めて、それからわたしのからだを開いて、逆さまにして中に隠れるんじゃない。おかげでわたしはいつもびしょ濡れ。やらしい。」
 やらしいって、そんなこと。だいたい、君とは今日初めて会ったばかり。誰かと間違えている。
 「本当の事だもの。」
 かえしてって、君、本当は最初から首なんてなかったんじゃないのかい。
 「あったわよ、そうやって意地悪ばかり言っていればいいんだわ。今にひどい目に遭うんだから。」

 どうやら、彼女(口調から察するに女性であるらしい)は、首を見つけて来ない限り、ずっとこうして絡んで来るのだろう。
 鉄道の遺失物センターに保管された、膨大な傘の中の、首が取れた一本だ。元の持ち主が現れるとも思えなかった。
 三ヶ月すれば、首の取れた傘は処分されてしまうだろう。むしろ、この状態で処分されずにここまで来たのだから大したものだ。
 傘を手に取って、広げてみる。傘は、あん。などと、どちらがやらしいのか分からない声を上げる。
 首がないことをのぞけば、状態は悪くなかった。きっと、大事に大事に使われて来たのだ。
 持ち主が現れなかったら、うちへ来るかい?
 首をかえしてくれたらね。ふふふ、と君が笑う。ちょっと機嫌が良さそうに聞こえた。
 もとの首は無理だろうけれど、古い傘の首ならつけてあげられる。
 そうしたら、君は、今度はどんなことを言い出すのだろう。