神像由来(Web幽読者投稿怪談掲載作品:テーマ「神社」)
小さいわりに、深い森をたたえる山の頂上にわずかながら開けた場所がありまして、石塔が立っております。
頂上までは、ひとりで参りました。細く踏み固められた道を隠すように草が生い茂っているので、少々の心許なさを覚えましたが、なんとかここまで参りました。
塔と呼ぶにはあまり塔らしくもないのですが、他になんと呼べばよいのでしょう。
塔の一番上には仏像でもあったのだろうとうかがわせる、蓮弁のような台が乗っています。
風雨にさらされ、苔むし、元の姿がどんなふうだったのかも分かりません。
空は抜けるような青さ、その青空を泳ぐようにして、鳶が高い声で鳴いております。
誰もおりませんので、聞こえるのはそればかり。辺りはとても静かでございました。
供養のためにと人に訊ね訊ね、ここまで参りましたが、場所が違っていたのかも知れません。
そこにはたくさんの石塔や櫓があり、季節ごとには折々の花が咲き、亡くなった者の供養をすればその者は極楽浄土へ行かれるのだというお話でしたから、居ても立っても居られずにここまで参りました。
ですがここには、朽ちかけた何とも知れぬ石塔がひとつあるばかり。
花もなく、たくさんの石塔も櫓もなく、鳶の飛ぶばかり。
急になんだか可笑しくなって、履物を脱ぎ捨てて目の前の石塔によじ登りました。
空が近くなり、山の木々を見下ろしているような気がいたしました。
下から見上げていた時には、それほどに高い石塔ではなかったように思ったのですが、それで随分と心持ちがすっといたしました。
両の手を合わせて合掌を致しますと、体も軽く思えて、ああ供養というものはどこでもできるのだと悟ったのでございます。
それ以来、ずっとここにおります。
今では、足下には鳥居が立ち、背後には小さいながらも立派なお社が。
ただひとつ残念なことに、鳥居の額束になんと書いてあるのか、ここからは見えないのでございます。
九十九神のもと(Web幽読者投稿怪談掲載作品:テーマ「艶」)
どこか遠くへ行ってしまいたい。うふふ、と君が笑う。ちょっとヤケばちな感じだ。
君がひとりでどこかへ行けるわけもないじゃないか。そう言うと、声の調子が少し低くなった。
「そんなこと言うなら、わたしの首をかえして。」
君の首なんて、見た事もない。そう答える。
「首よ。いつもあなたが指を絡めて、それからわたしのからだを開いて、逆さまにして中に隠れるんじゃない。おかげでわたしはいつもびしょ濡れ。やらしい。」
やらしいって、そんなこと。だいたい、君とは今日初めて会ったばかり。誰かと間違えている。
「本当の事だもの。」
かえしてって、君、本当は最初から首なんてなかったんじゃないのかい。
「あったわよ、そうやって意地悪ばかり言っていればいいんだわ。今にひどい目に遭うんだから。」
どうやら、彼女(口調から察するに女性であるらしい)は、首を見つけて来ない限り、ずっとこうして絡んで来るのだろう。
鉄道の遺失物センターに保管された、膨大な傘の中の、首が取れた一本だ。元の持ち主が現れるとも思えなかった。
三ヶ月すれば、首の取れた傘は処分されてしまうだろう。むしろ、この状態で処分されずにここまで来たのだから大したものだ。
傘を手に取って、広げてみる。傘は、あん。などと、どちらがやらしいのか分からない声を上げる。
首がないことをのぞけば、状態は悪くなかった。きっと、大事に大事に使われて来たのだ。
持ち主が現れなかったら、うちへ来るかい?
首をかえしてくれたらね。ふふふ、と君が笑う。ちょっと機嫌が良さそうに聞こえた。
もとの首は無理だろうけれど、古い傘の首ならつけてあげられる。
そうしたら、君は、今度はどんなことを言い出すのだろう。
桜(週刊ポプラビーチ掲載作品)
仲間と花見をした帰り道。
家までの道のりを少し遠回りすると、川沿いに桜並木がある。等間隔に植えられた桜は年々立派に枝葉を伸ばし、毎年見事な花を咲かせるのだ。
酔い覚ましにもなるしと、ひとり夜桜を眺めながら歩いていた。
十本ほど先に、闇に際立って美しく、なまめかしいほどに白い花をつけた桜があった。見れば見るほど美しく、暗い空に映えている。
だんだんと近づいて行くと、手前の桜に比べて、一枚一枚の花びらが妙にふらふらと動いている。種類の違う桜で花弁の多い花なのだろうか。
そんなことを考えながら目を凝らすと、花と見えたものがみな、小さな手のひらである。
遠目には花にしか見えなかったが、風が吹けば、ざわざわと揺れ、その度にいくつかの手が握ったり開いたりする。
それを見た瞬間、辿って来た道を引き返そうかと思ったが、振り返って同じような木があったら、後にも先にも進めなくなる。
ここは気づかぬふりをして通り過ぎよう。それが良いように思えた。
この花は散るのだろうか、散らぬのだろうか。ちらと考えたが、それ以上は忌まわしく思えて考えるのをやめた。
その木の脇を、歩調を変えず、気がつかないふりをし、木がなるべく視界に入らないようにして通り過ぎる。
一本、二本、三本、と通過した木を数えて何事も起こらなかったので、ほっと息を吐いた時だった。
背後で、はたりと何かが落ちる音が聞こえた。
ああ、あの花が散ったのだ。そう思ったが、振り返らずに歩いた。
以来、桜は苦手である。
超短編『住処』
カナタの部屋の箪笥に住んでいる小さな龍は、昔、広大な沼地を棲家にしていた龍のひ孫だ。
気に食わないことがあると、すぐ部屋の窓が結露する。
沼地のヌシだった彼の曾祖父は、雨雲を呼び、沼を氾濫させたりしていたらしい。
箪笥の龍は、カナタが祖母から貰った風呂敷を箪笥にしまっておいたら、何時の間にか住み着いていたのだ。
だからカナタは、箪笥が一段使えなくなってしまった。
天気予報は外れたことがないので重宝している。
twnovel『ぺぽん』
時々無性にぺぽんしたくなる気持ちになるけれど、だからといって本当にぺぽんしてしまうのは違う気がするので、結局今日もぺぽんすることなく、我ながら思いのほか元気に暮らしている。
世界はぺぽんに満ちているが、僕も飼い猫も幸福だ。
超短編『祈り』
もう口もきかないで、黙って黙って平和だけ祈る。
そう言って恋人は、口を閉じ、目を閉じ、一心に祈り始めた。
恋人の体は、すっかり光って、大きく大きく大きくなっていく。
壁も天井も透過して、ぐんぐんぐんぐん空高く伸びていくから、もう顔も見えない。
上にばかり気を取られていたら、体はどんどん床を透過して、大地に潜り込んでいく。
だからもう、恋人は巨大な部分でしかない。しかも、眩しくてとても直視できない。
恋人は、祈りの光になって、人々に降り注ぐ。
動物にも、植物にも、建物や海や川にも、車にも。あらゆるすべてに分け隔てなく。
だから、今夜は心安らかに眠れるだろう。
おやすみなさい。と唇にのせてみる。
恋人の戻るまでに、せめて布団を温めておこう。