2009-01-01から1年間の記事一覧

超短編『犬』

犬の幽霊に出会ったので、連れ帰って一緒に暮らすことにした。 犬は、吠えもせず、食べもせず。なにしろ幽霊だから。 犬小屋はあるけれど、首輪も綱もつけられない。だって、幽霊だから。 繋がる場所がないので、幽かに明滅しているばかり。 淡い光なので、…

超短編『網棚の上』

乗り込んだ車両のドアの近くに、奇妙にねじれたまま立っている、全身が黒っぽい人がいた。 電車の中はすでに満員。なるべく離れたところに立って、あまり見ないようにしていたら、あれよあれよと網棚によじ上り動かなくなってしまった。 ドアが開いて人が乗…

一行超短編

金魚鉢に入れた金魚から「面白い顔の人」と言われたので、金魚の住処を水槽に変えた。

超短編『叩く』

夕べから、背後でずっと誰かが話し合っているような声と覚しきものが聞こえるのだ。などと、半澤が云う。 なんと云っているのだと尋ねるが、何を云っているのかよくわからぬと云う。 昨夜、百物語なぞするからだと因幡がからかうが、半澤はしきりと背後を気…

超短編『白い布』

暗い空からまっすぐに、白い布のようなものが落ちてきて目の前の地面にぶつかろうかというところでぴたりと静止した。 かと思えば今度はまたまっすぐに空へ上がってゆき、しまいに見えなくなった。 随分見ていたように思ったが、道の向こう、提灯を提げて歩…

超短編『コタツと蜜柑』

住宅街を歩いている。 寒さと、漠然とした不安に苛まれながら歩いている。 重くたれ込めた雲のせいで薄暗い空を、自分ひとりが背負っているような気になって歩いている。 ふと角を曲がり、妙に長い廊下のアパートの前を通りかかる。 アパートの廊下には猫が…

超短編『幸運の女神』

帆船の後を海鳥が追っている。波は穏やかで、伸びやかな風が帆を煽る。 甲板の片隅には、のんびりと欠伸をしながら釣りをする男が見える。 その脇を、屈強な男たちが数人、通り過ぎる。みな、帆を点検したりロープの張り具合を確かめたりと忙しい。 滑るよう…

超短編『白い紙』

夢のように静かな街をあなたは歩いている。 賑やかなはずのショッピングモールには誰もおらず、アスファルトを割って草が生い茂っている。 乾いた風が、草をそっと揺らす音しか聞こえない。 高すぎてなかなか買えなかったマイナーブランドの洋服が、すっかり…

超短編『秘密』

風暦が秋を告げ、金木犀の木はそれとなく花を咲かせる支度を始めている。 その証拠に、木の幹に顔を寄せると、幹からうっすらと花の匂いがする。 幹に指を滑らせると、木が幹をくねらせたような錯覚を覚える。 頭上で枝葉が、こそりと鳴る。 鳥でも隠れてい…

超短編『破』

あの土手は、築しては貫かれる。 何度も何度も、何度も何度も積み直された。 夢のようだ夢のようだと、叫びながら駆け抜ける誰かの幻覚が見える。 恐怖の声は裏返って、歓喜の声にさえ聞こえる。 その誰かも、飲み込まれてもう居ない。 今はただ、穏やかな桜…

超短編『電波』

テレビで夏の怪談特集が放送されるという。 それを知った一週間前から楽しみで、放送の一時間も前からテレビの前に陣取った。深夜の放送だから、うっかり寝てしまっても大丈夫なように録画予約も万全だ。 暑い夜だったが、冷房も扇風機も切り、家中の窓を開…

超短編『白猫』

突然、真っ白なカーテンが風をはらんで大きく捲れた。 教室にいるのは日直の僕だけで、驚いて椅子から転げ落ちそうになったのを見られずにすんだ。 三階の窓からの景色は、雑木林。 少し日が傾きかけているので、昼間は生き生きとしていた緑の木々も少し薄暗…

超短編『夜町』

絶え間なく風が吹き抜ける晩だった。軒先に吊した風鈴が鳴り続けている。 窓から外をのぞけば、雲の向こうに滲んだ月が。どこかの家から赤ん坊の夜泣きの声、そしてあやす声が聞こえてくる。 夜はまだ明けず、取り残されたように眠れず、ひたすらに夜泣きの…

超短編『下町マンション』

東京都K区Mにある、某マンションには新築でまだ人が入居する前から、住んでいる何者かがいる。 下町で、かき氷屋、八百屋、豆腐屋などが売り歩きに来る。売り歩くと言っても、実際は自動車で回って来る。古い建物もまだ多い。そんな場所だ。 工事中とはいっ…

超短編『夕凪』

夕凪の海辺には、大きなヤドカリが、どっしりと死んでいた。 手のひらに余るほどの大きさで、生きているとばかり思ってつかみ上げたので、はっとして取り落としそうになった。 なんとか落とさなかったのは、このヤドカリに畏敬の念を抱いたからだ。幾度、ヤ…

超短編『たぶん好感触』

Tシャツの首の後ろのところにあるタグに困っている様子だったから、黙ってハサミを差し出したら、右目を細めて左目を見開くという器用な表情を浮かべてキミはハサミを受け取った。返してはくれなかったけれど。 満員電車のドアに上着の裾を挟まれて困ってい…

超短編『問答』

山河のふちに折々と、さざれ石の鳴くを聞く。 花は咲けども春は来ず、春は来れども花は無く。 謎掛けであろうと問えば、願掛けであると答える。 何を願うとさらに問えば、黙して語らず。

超短編『消灯』

夜、寝るときは電気を消して真っ暗にしてから寝る。確かに小さな明かりをつけておけば夜中にトイレに行きたくなったり、水を飲みたくなった時には便利だ。でも、必ず消す。誰かが遊びに来て、泊まることになった時でも絶対に消す。 少しでも明るいと寝付けな…

超短編『見つからない』

気づけば月代がある。 朝の爽やかな光が差し込む洗面所。鏡の中で、俺が「うわあ、さかやき!」と叫んでいる。 毛髪が衰えたのではない証拠に、剃り痕が青白い。剃り痕って、誰もいないこの家で一体誰が俺の頭を剃るっていうんだ。俺が?いや、まさか。 寝る…

超短編『祝日』

さしたる用事もないのに街中をさまよっていると、空から何か人工的な物体が降ってくる。 咄嗟に開きかけたパチンコ屋の軒先に身を隠しつつ、降ってきた物体を観察する。 赤ん坊の小さな小さな握り拳ほどの大きさで、白い。 俵型をしていて、アスファルトに落…

超短編『音』

深夜の、ささやかな物音が気になって、なかなか寝付けない時があります。 例えば、冷蔵庫のモーターの唸る音であったり、時計の秒針がこつりこつりと回る音であったり。 とりたてて気になるのが、正体の知れぬものの足音。 台所の方から、と、とと、とて、と…

超短編『かつての』

住み慣れた街を離れ、何年か経った頃にふと、かつて住み慣れた街へと足を運んだ。 かつて恋人だった人、かつて親友だった人、かつて顔見知りだった人、かつて隣人だった人と再会を果たす。 みな、再会を喜んでくれ、不義理だった己を恥じた。 しかし世界は不…

超短編『見張り』

見張り台には交代で、当番の雀が立っている。 二番目の見張り台の雀と常に状況を知らせ合い、変化があれば、裏庭でがやがやしている仲間に知らせる手筈になっている。

超短編『ミジンコの神様』

ベランダに小さな睡蓮鉢を置き、水を張る。翌日赤玉土を浅く敷いた。 よく乾いた赤玉土は、水に入れる時にまるで焼け石が水に落ちたような、じゅうという音がした。焼け石が立てる音よりはずいぶん小さかったのだが。 赤玉土を敷いた翌日には、未草を植えた…

超短編『悲鳴』

ある年、新入社員が入社したばかりの頃だった。社内で火災警報の誤報が四日連続で起こった。 警報のベルの音が、少し歪んで、まるでけたたましい悲鳴のようだったので、これは火災報知器が壊れたのだろうということで、二日目に全てを点検。異常が見つけられ…

超短編『いじわる』

君がよく笑っているのは、笑っている間は口をきかなくてもすむからだよね。 そんなに笑っていると、犬草の種が飛んで来て、君の開いた口の中で発芽して、その艶かしい舌に根付いて、そして、そしてね。 そこまで話すと、君は笑うのをやめた。 そして、鞄から…

超短編『頭蓋骨を捜せ』

わたしは、小さい。 わたしは、乾いている。 わたしは、魂を持っている。 わたしは、口をきくことができない。 わたしは、人を呪う事をよしとはしない。 わたしは、頭蓋骨を捜している。 わたしは、うまくものを考える事ができない。 わたしは、抜かれてしま…

超短編『歌声』

星を見ていると、何の前触れもなく夜空を星々が滑り落ちるのに遭遇した。 灰色ネズミが僕の傍らに立ち止まり、黙って一緒に空を見ている。 小さな歌声は、ネズミだったのか、それとも暗闇の中、他に誰かがいたのかも知れない。

超短編『風の日』

風乗りの老婆に会った。 アタシも昔は若い娘だったんだよと言いながらやって来た。 綺麗だったかどうかはご想像にお任せさね。と言う頃には、遙か彼方へ移動している。 ああ、もうじき春だから風が強いのだなと思う。 若い娘の風乗りにも会えないものだろう…

超短編『水たまり』

足の裏で、ぺとんという感触がした。 何を踏んだのだろう。 水たまりで靴の裏を洗う。 足首を左右に揺らしていると、つーいと小さな雨蛙が足の下から泳ぎ出て、水たまりの真ん中あたりで見えなくなった。 水たまりの真ん中に向かう小さな水の筋だけが残って…