超短編『見つからない』

 気づけば月代がある。
 朝の爽やかな光が差し込む洗面所。鏡の中で、俺が「うわあ、さかやき!」と叫んでいる。
 毛髪が衰えたのではない証拠に、剃り痕が青白い。剃り痕って、誰もいないこの家で一体誰が俺の頭を剃るっていうんだ。俺が?いや、まさか。
 寝る前には、まだ髪はあったし月代はなかった。月代分のなくなった髪がどこかにあるはずだ。
 洗面所を見回し、ゴミ箱をのぞく。ない。洗濯機の中も棚の上も見る。やはりない。
 風呂場にもトイレにも、何の痕跡もない。台所に移動して、ゴミ箱冷蔵庫食器棚から炊飯器の中まであらためたが、ない。
 居間兼寝室で布団をめくってみたり、押し入れを調べたり、さらには鞄の中も机の中も探してみたが、やはりない。
 玄関へ行って下駄箱や靴の中までひっくり返したが、結局家の中から俺の失われた毛髪が発見されることは、ついになかった。