神像由来(Web幽読者投稿怪談掲載作品:テーマ「神社」)

小さいわりに、深い森をたたえる山の頂上にわずかながら開けた場所がありまして、石塔が立っております。 頂上までは、ひとりで参りました。細く踏み固められた道を隠すように草が生い茂っているので、少々の心許なさを覚えましたが、なんとかここまで参りま…

九十九神のもと(Web幽読者投稿怪談掲載作品:テーマ「艶」)

どこか遠くへ行ってしまいたい。うふふ、と君が笑う。ちょっとヤケばちな感じだ。 君がひとりでどこかへ行けるわけもないじゃないか。そう言うと、声の調子が少し低くなった。 「そんなこと言うなら、わたしの首をかえして。」 君の首なんて、見た事もない。…

桜(週刊ポプラビーチ掲載作品)

仲間と花見をした帰り道。 家までの道のりを少し遠回りすると、川沿いに桜並木がある。等間隔に植えられた桜は年々立派に枝葉を伸ばし、毎年見事な花を咲かせるのだ。 酔い覚ましにもなるしと、ひとり夜桜を眺めながら歩いていた。 十本ほど先に、闇に際立っ…

超短編『住処』

カナタの部屋の箪笥に住んでいる小さな龍は、昔、広大な沼地を棲家にしていた龍のひ孫だ。 気に食わないことがあると、すぐ部屋の窓が結露する。 沼地のヌシだった彼の曾祖父は、雨雲を呼び、沼を氾濫させたりしていたらしい。 箪笥の龍は、カナタが祖母から…

twnovel『ぺぽん』

時々無性にぺぽんしたくなる気持ちになるけれど、だからといって本当にぺぽんしてしまうのは違う気がするので、結局今日もぺぽんすることなく、我ながら思いのほか元気に暮らしている。 世界はぺぽんに満ちているが、僕も飼い猫も幸福だ。

超短編『祈り』

もう口もきかないで、黙って黙って平和だけ祈る。 そう言って恋人は、口を閉じ、目を閉じ、一心に祈り始めた。 恋人の体は、すっかり光って、大きく大きく大きくなっていく。 壁も天井も透過して、ぐんぐんぐんぐん空高く伸びていくから、もう顔も見えない。…

文学フリマ参加のお知らせ

第十一回文学フリマ(http://bunfree.net/)に参加します。 サークル名『温泉卵と黙黙大根(おんせんたまごともくもくだいこん)』 スペースは「I-08」です。開催日 2010年12月5日(日) 開催時間 11:00開場〜17:00終了 開催時間1時間延長決定! 会場 大田…

超短編『神様のスープ』

騒ぐことを止めたら世界は静かでした。 平穏や平静や平坦や平均や平常や平和や、そんなもの。 どこまでもどこまでも開けた、なだらかで遠くまで見渡せる風景。 山も谷も滝も川も海も。巻き戻しのように、遠ざかって遠ざかってしまうので。 またいつかと懐か…

超短編『宝探し』

「ねえ、ママ。おじいちゃんのお葬式が終わったあとで、みんなでお食事をしたでしょう。あのお店に大きなソファがあってね、寄りかかるところと座るところの間にね、いろいろなものが挟まってたの。ライターとか、百円玉とか、つまようじとか」 居間のソファ…

超短編『ゆらりゆらら』

誰もしらない。誰もいない。ずっとゆれ、ゆらりゆらら。 波間をずっと、いつまでもどこまでも。 小瓶はあかない。どうしても。 ________________________________ お題は五十嵐彪太さんから拝借しました。 瓢箪堂のお題倉庫 http://hyotan50.blog.shinobi.jp…

超短編『ササヅカ記』

ササヅカが山のような苺を持って帰ってきた。 僕の胡乱そうな視線に気がついたのか「苺ジャムとかソースとか苺酒とかさ作ろうかと思って」などと言う。好きにしたらいい。そう思っていたのも束の間、部屋中に甘ったるい匂いが充満したのには辟易した。 空気…

超短編『来年咲く花』

来年咲く花を決めなければならないのに、どうにも決めかねて、目をつむって「じゃあ、君と君と君と、あと君」とやったら、うっかり花じゃないものまで指差してしまった。 だから、来年あなたの花壇にはいつの間にかあれが咲いてしまうのだけれど、あなたは気…

超短編『インターフォン』

オートロックもない古いマンションに住んでいます。 古いけれど造りはしっかりとしていて、近隣の音はあまり気になりませんし、住み込みの管理人さんがきちんとした方なので、おかしなセールスや勧誘などはほとんど訪れません。ゴミ出しの管理や共用部の掃除…

超短編『獄』

謂われなき罪状で投獄されたが、獄というにはお粗末で敷地から出られはしないが出ようとさえしなければ、どこに居ようが好きな時刻に好きなだけ昼寝をしていようが誰にも咎められない。 何を課せられることもなく、食事も豊富である。粗末というより豊かであ…

超短編『犬』

犬の幽霊に出会ったので、連れ帰って一緒に暮らすことにした。 犬は、吠えもせず、食べもせず。なにしろ幽霊だから。 犬小屋はあるけれど、首輪も綱もつけられない。だって、幽霊だから。 繋がる場所がないので、幽かに明滅しているばかり。 淡い光なので、…

超短編『網棚の上』

乗り込んだ車両のドアの近くに、奇妙にねじれたまま立っている、全身が黒っぽい人がいた。 電車の中はすでに満員。なるべく離れたところに立って、あまり見ないようにしていたら、あれよあれよと網棚によじ上り動かなくなってしまった。 ドアが開いて人が乗…

一行超短編

金魚鉢に入れた金魚から「面白い顔の人」と言われたので、金魚の住処を水槽に変えた。

超短編『叩く』

夕べから、背後でずっと誰かが話し合っているような声と覚しきものが聞こえるのだ。などと、半澤が云う。 なんと云っているのだと尋ねるが、何を云っているのかよくわからぬと云う。 昨夜、百物語なぞするからだと因幡がからかうが、半澤はしきりと背後を気…

超短編『白い布』

暗い空からまっすぐに、白い布のようなものが落ちてきて目の前の地面にぶつかろうかというところでぴたりと静止した。 かと思えば今度はまたまっすぐに空へ上がってゆき、しまいに見えなくなった。 随分見ていたように思ったが、道の向こう、提灯を提げて歩…

超短編『コタツと蜜柑』

住宅街を歩いている。 寒さと、漠然とした不安に苛まれながら歩いている。 重くたれ込めた雲のせいで薄暗い空を、自分ひとりが背負っているような気になって歩いている。 ふと角を曲がり、妙に長い廊下のアパートの前を通りかかる。 アパートの廊下には猫が…

超短編『幸運の女神』

帆船の後を海鳥が追っている。波は穏やかで、伸びやかな風が帆を煽る。 甲板の片隅には、のんびりと欠伸をしながら釣りをする男が見える。 その脇を、屈強な男たちが数人、通り過ぎる。みな、帆を点検したりロープの張り具合を確かめたりと忙しい。 滑るよう…

超短編『白い紙』

夢のように静かな街をあなたは歩いている。 賑やかなはずのショッピングモールには誰もおらず、アスファルトを割って草が生い茂っている。 乾いた風が、草をそっと揺らす音しか聞こえない。 高すぎてなかなか買えなかったマイナーブランドの洋服が、すっかり…

超短編『秘密』

風暦が秋を告げ、金木犀の木はそれとなく花を咲かせる支度を始めている。 その証拠に、木の幹に顔を寄せると、幹からうっすらと花の匂いがする。 幹に指を滑らせると、木が幹をくねらせたような錯覚を覚える。 頭上で枝葉が、こそりと鳴る。 鳥でも隠れてい…

超短編『破』

あの土手は、築しては貫かれる。 何度も何度も、何度も何度も積み直された。 夢のようだ夢のようだと、叫びながら駆け抜ける誰かの幻覚が見える。 恐怖の声は裏返って、歓喜の声にさえ聞こえる。 その誰かも、飲み込まれてもう居ない。 今はただ、穏やかな桜…

超短編『電波』

テレビで夏の怪談特集が放送されるという。 それを知った一週間前から楽しみで、放送の一時間も前からテレビの前に陣取った。深夜の放送だから、うっかり寝てしまっても大丈夫なように録画予約も万全だ。 暑い夜だったが、冷房も扇風機も切り、家中の窓を開…

超短編『白猫』

突然、真っ白なカーテンが風をはらんで大きく捲れた。 教室にいるのは日直の僕だけで、驚いて椅子から転げ落ちそうになったのを見られずにすんだ。 三階の窓からの景色は、雑木林。 少し日が傾きかけているので、昼間は生き生きとしていた緑の木々も少し薄暗…

超短編『夜町』

絶え間なく風が吹き抜ける晩だった。軒先に吊した風鈴が鳴り続けている。 窓から外をのぞけば、雲の向こうに滲んだ月が。どこかの家から赤ん坊の夜泣きの声、そしてあやす声が聞こえてくる。 夜はまだ明けず、取り残されたように眠れず、ひたすらに夜泣きの…

超短編『下町マンション』

東京都K区Mにある、某マンションには新築でまだ人が入居する前から、住んでいる何者かがいる。 下町で、かき氷屋、八百屋、豆腐屋などが売り歩きに来る。売り歩くと言っても、実際は自動車で回って来る。古い建物もまだ多い。そんな場所だ。 工事中とはいっ…

超短編『夕凪』

夕凪の海辺には、大きなヤドカリが、どっしりと死んでいた。 手のひらに余るほどの大きさで、生きているとばかり思ってつかみ上げたので、はっとして取り落としそうになった。 なんとか落とさなかったのは、このヤドカリに畏敬の念を抱いたからだ。幾度、ヤ…

超短編『たぶん好感触』

Tシャツの首の後ろのところにあるタグに困っている様子だったから、黙ってハサミを差し出したら、右目を細めて左目を見開くという器用な表情を浮かべてキミはハサミを受け取った。返してはくれなかったけれど。 満員電車のドアに上着の裾を挟まれて困ってい…