超短編『網棚の上』
乗り込んだ車両のドアの近くに、奇妙にねじれたまま立っている、全身が黒っぽい人がいた。
電車の中はすでに満員。なるべく離れたところに立って、あまり見ないようにしていたら、あれよあれよと網棚によじ上り動かなくなってしまった。
ドアが開いて人が乗り降りすると、人の波に押されてその網棚のすぐ近くに移動したまま身動きが取れなくなってしまった。
目のやりどころに困って窓の外ばかりを見つめていたものの、頭上には、ねじれた人がいる。
電車が急ブレーキをかけて止まった。
車内放送では、緊急停止ボタンが使われたため、停車しました。などと言っている。
今の衝撃で窓の方から車内の方へ体の向きが反転してしまった。
網棚の上のねじれた人は、大きな口を開け目を見開いている。口の中は真っ黒で、目はどこを見ているのか判然としない。
とても直視できた表情ではない。
そう思って目をそらしかけた瞬間、隣に立っていた男が、持っていた大きなリュックを網棚に放り投げるように載せた。
普段なら眉をひそめるような荒々しい行動だが、ねじれた人は悲鳴も上げず驚く暇もなく、灰のように、ばふっと拡散してそれきりだった。