2007-01-01から1年間の記事一覧

超短編『思い出し笑い』

なにをどうした具合でか突然、過去にあった瞬間的に面白かった出来事を思い出し、その可笑しさを口を閉じてやり過ごそうとしたら、思い切り鼻から飛び出してしまったので、一体何を思い出したのかさえ忘れてしまった。 鼻から空気と一緒に、むふんと飛び出し…

超短編『遠吠え』

いつだったかの師走の晩に、あなたが吠えた。 吠えると、少し遠くから、同じように吠える声が。 その声は連鎖して、夜のしじまを遠く遠く、波紋のように広がっていく。 わたしが電気をぷつんと消したちょうどその時、最後のひとりが波紋の消えるように吠えて…

超短編『病』

病であろう、これは。わたしは。 あかく、あたたかい、いのちを飲み込んでわたしは生きている。否、生きてはいまい。 死ぬということが無に帰することであるならば、わたしは死んではいない。 生きるということが、陽の光の下で大地を踏みしめることであるな…

超短編『夜明け』

街角で、くしゃみひとつ。 猫のあくび。大きな提灯。人並みはなく、鳩の群れ。 路端から起き出すヒト。 仲見世のシャッターを端から順にバタバタ鳴らして吹き抜ける風。 交差点の信号は、車もないのに律儀に赤から青へ。 道の真ん中に、すとんと降り立つカラ…

超短編『参道の家』

窓の外。 誰かが、ふう、と息を吐く。 気がつくと秋になっていて、じゃあ夏はいつの間にどこへいったのかなあ。 男の子と女の子が、そんな話をしている。 半分葉の枯れた木の枝の間に隠された小箱を開けると、金木犀の花が詰まっていた。

短編『毛布 -夜明け前-』

これはキミヤさんがうちに来てふた月ほど経った頃の話。 キミヤさんが風邪をひいたので、普段は鬱陶しいと放っておかれている毛布を出してきた。 そんなものにくるまるなんてと言うから、嫌いなのかと思っていたのだけれど、どうやらそうではないらしい。 少…

超短編『犬石』

古美術品の売買を生業にしている男が、ある立派な屋敷の主人に呼び立てられ、いくつかの古美術品を持参した時のこと。 主人は老齢で、広い屋敷に妻と二人で住まっていた。庭も立派だったが、低い塀があるばかり。 男は高価な品がたくさん蒐集された部屋を見…

超短編『誰も知らない』

ある日。 坂の上の夕焼け空を、明滅する光が一筋ゆっくり移動していくのを目で追っているスガヤさんのことを、電柱の陰からこっそり見守っているササキさんのことを、少し不審そうに横目で眺めながら歩いている黒猫を、うっとりしながら見つめているシマネさ…

超短編『教授のメモより』

わすれな草、固形燃料、コンソメスープを持って、大きな犬の背に乗った少年に出会った。

超短編『ヤタベさん』

ヤタベさんヤタベさん。 疾風の勢いで駆け抜けるヤタベさんの斜め後ろから、これがいわゆるドップラー効果かと思わせるヤタベさんの声が奇妙に歪んで追いかけて行く。 極めよ道!極めよ道! どこでどんな? え? なにを? 振り返る人々を完全に置いてけぼり…

超短編『ものがたり』

われた、われた、われたかなしみよ。 わんわんとあたりにひびきわたっている。 きんきんとくうきにきれつをはしらせている。 そらよだいちよとなげいているそのひとの、みるいろはなにいろか。 ほんのぺーじをばたんととじて、それっきりおわかれです。

超短編『分からない』

サカハクス。 見慣れたサイトのタイトルが、おかしな風に変わっていた。 意味も分からなければ、そもそも言葉自体が分からない。何語か? 構わずに入り口をクリックする。 ほんの少しのタイムラグがあって、表示されたページはやはり見慣れたものだった。 見…

超短編『僕と猫』

人語を解する猫を飼っている。 さっきからさんざん僕の万年筆をこねくり回していたかと思えば、やけに低い声で「割れてしまえ、割れてしまえ、割れてしまえ、割れてしまえ」と呟いている。 なあ、気が滅入るからやめてくれないか?と声をかけると、すぐに静…

超短編『無・夢・霧』

嗤うのは風の琴車。 コトコトコトリ、聞こえるのはそれだけ。 誰もいないのに気配だけはたくさんあって、そしてそっと誰かが嗤う。

超短編『四の葉』

閃々と心を打つものの確かさ。 その確かさの持つ不確かさを白詰草の野の原に敷き詰めてゆくと、時折四葉の姿に成るので。 やんわりと四葉を摘み取る誰かの手の先。 その向こうの微笑こそ、心打つものの確かさでしょうか。

超短編『不在』

誰もどこにも居ないので、世界の裏側は落ち着かない。 たぶん、この風でみんな飛ばされちまったに違いない。

超短編『雨』

前触れもなく雨粒が一斉に地上を叩き、何をする間もなく容赦なく満遍なく水浸しになった。 雨が激しくあらゆるものを打ち付ける音以外には何も聞こえず、後ろから追い越して行った小学生のランドセルは、蓋がきちんとしまっていなくてバタバタ暴れていた。

超短編『夜の闇の中』

暖かい季節になったので、深夜、コーヒーを片手にふらりと部屋を出て、そのまま勢い余って散歩に出掛けた。 温い空気。太陽は地球の裏側に。極めて自己中心的な表現に自分で苦笑い。 星の光は弱く、自己中心的な僕の周囲には闇。幻想は夜の闇の中に溶けてい…

短編『路地』

「この先の道で、ひとが捩じれて捩じれてツイストパンより捩じれて倒れていたってさ、なあ」 知らない痩せた男が、わるわると話しかけてくるので急いでその場を去る。何故知らない人間に話しかけたがるんだろうかと訝る。 角を曲がると太った婦人がやけに小…

超短編『這い回る蝶々』(500文字の心臓参加作品)

小さくてんてんてん、蜜の痕。 指で辿るとべたべた繋がるのが愉快で、お父様ともお母様ともお兄様ともはぐれてしまったのに、もうずっとずっと蜜の痕を追いかけている。 おなかがすいたら手についた蜜をなめて、ぺたぺた蟻のように這い回る。 頭には、お兄様…

超短編『小石』

かつて、鳥撃ちの猟師だった祖父から、鴨鍋の話をよく聞かされた。 自分で撃った鴨を捌いて鴨鍋を作ったそうだ。散弾銃で撃つから、稀に小さな鉛の弾が取り切れずに残っていて、鴨肉を噛み締めた時にガリッと噛んでしまうことがあったという。 もう随分昔に…

超短編『藁祭り』

藁祭りの間中、いちいちと藁束を叩き付けてざんざん鳴らし、辺りには藁屑が舞い散っている。 誰も彼もがそうするので、空気はどこも藁の匂いで満ちている。 藁の匂いというのは別段嗅いだこともないものだったが、稲刈りの後でずっと日に当てているものだか…

超短編『街灯』

夜道、ふと足を止めて頭上の街灯を見上げると、三日月を二つ並べたようなニヤリ笑いの目と視線がぶつかる。 そのまま何事も無かったように歩き出したが、それきり空を見上げられない。

超短編『チョコ痕』(500文字の心臓参加作品)

前から高校生らしき男の子が二人、歩いて来る。特に聞こうと思ったわけではなかったが、会話は開けっぴろげで筒抜けだ。 「やっぱりお前、もらってたんじゃねーかよ」 一方の背の高い子が真面目そうな眼鏡の子に笑いながら、ふざけた口調でそう言う。けれど…

超短編『夜桜』

夜桜を見ようと川沿いの桜並木を歩く。夜の中、ざわめくような花の色が浮き上がっている。 一際闇に際立って美しく、なまめかしいほどに白い花をつけた樹があったので近付いて行くと、花と見えたものがみな小さな手のひらである。 遠目には花にしか見えなか…

超短編『迎え火』

錚々と冷えた空気が上昇してゆきます。暖められて、このわたくしの足元から。 何をしているのかと尋ねるひとがありましたので、迎え火をと答えましたらあとは何も言わずに立ち去ってしまいます。 構わず立っておりました。鋭く一度、百舌鳥が鳴きました。 や…

超短編『鈴』

バスの中でふいに鈴の音。こん、と落ちて、かろろんと転がる音。 あきらかに、いま、誰かが何かを落としたはずなのに、誰も頭を動かしたり下を見ようとしたりしない。 まるで乗客全員が、何か落ちても気にしてはいけないという暗黙の了解があるような頑さで…

超短編『匂い』

電車に乗ってうたた寝をしていたら、どこからか妙に粉っぽい匂いがする。 はて、女性の化粧品の匂いかと思って薄目を開けると、向かいの席に巨大な蛾が座っている。

超短編『リンカーネイション』

屋上から飛び降りた、こなこさんが実はバンジージャンプの失敗だった事実なんて結局どこにも報道されなかった。 遺書なんて当然なくて、こなこさんの遺志いやいや意志を尊重して「飛ぶ気満々」というメモをこなこさんの鞄に忍ばせておいた。 それを見たこな…

超短編『左手から』

左手と決別してからほどなく一年。北の小さな島に住む左手から、便りがあった。 ここはなにもかも理想の通りのところで、左手のわたしだけがこんなに幸せなのは少し寂しい。 そんな一言が、一面氷に覆われた海の絵葉書の片隅に、ぎくしゃくとした文字で綴ら…