超短編『ヤタベさん』

 ヤタベさんヤタベさん。
 疾風の勢いで駆け抜けるヤタベさんの斜め後ろから、これがいわゆるドップラー効果かと思わせるヤタベさんの声が奇妙に歪んで追いかけて行く。
 極めよ道!極めよ道!
 どこでどんな?
 え?
 なにを?
 振り返る人々を完全に置いてけぼりにしてヤタベさんはもう見えない。
 勢いに誰かのスカートが翻っている。
 課長さんのカツラが少しずれている。
 読みさしの本のページが捲られている。
 ヤタベさんの動きを真剣に目で追っている青年がいる。
 彼によれば五百メートル向こうで折り返してきたヤタベさんがここに到達するまであと十秒らしい。