2006-01-01から1年間の記事一覧

超短編『夜空』

深夜、雷が鳴り出した。 雨の音は聞こえない。 窓から外を見てみると、暗い夜空に分厚い雲がかかっていた。 雲の中が鈍く光る度に小さく雷鳴が轟く。 時折、空全体に鋭く閃光が走る。その時の雷鳴は、光同様に激しく重々しかった。 しばらく見入っていると、…

超短編『あさっての方』

見事なまでに全身黒ずくめの男に会ったのは一昨日のこと。 黒い帽子をかぶり、黒いサングラスをかけ、黒い革の手袋をはめている。黒い上質そうなロングコートの下は黒いスーツでネクタイも黒。艶やかな黒い革靴。ちらっと見えた靴下も黒い。黒くないのは、男…

超短編『目撃者』

いくらでもいける、いくらでもいけると云い乍ら男がぐるぐると回っている。目は回らないのか、同じ点の上で独楽のように回転している。両手を広げ回転している。見ている方が目を回す勢いで回転している。頭の芯がくらくらしてきて、周囲で男を見物していた…

超短編『神隠し』

夕暮れの道。 止まりなさいと母が呼ぶけれど、先を往くこの方が手を引いてゆくので少しも自由になりません。 お待ちなさいと云い乍ら、追って来ようとしないのは何故でしょう。 真っ赤な夕焼け空が道の先に。後ろに長く長く伸びる影がひとつ。 赤く照らされ…

超短編『掛け軸』

床の間に掛けてある掛け軸を、時々後ろから押すモノが在る。 当然後ろにあるのは壁で、隠れる余地などあろうはずもない。 掛け軸は友人の描いた牡丹の花だ。 ある日ちょうど掛け軸が押されているのを見つけて、脇から覗いてみたら、壁から手が生えてそれが掛…

超短編『亡友』

亡友が時折夢に出て来て、その時々に行動を共にする。 先日は、リニアモーターカーに乗り、二人で車窓を眺めながらずっと走っているうちに目が覚めた。 また別の日には、池の中で大繁殖した藻を掃除するのを手伝って欲しいと言うので、言われるままに池へ入…

超短編『まりも』

北海道に旅行へ行った折、まりもを土産に連れ帰った。小さな瓶に入った、人工のまりもだそうだ。 時々水を換え、手で丸めるようにと説明書きにあったが、生来面倒臭がりの性分で、買った当初は真面目にそのようにしていたものの、いつの間にか瓶の内側にまり…

超短編『題』

街角に、お世辞にもいい身なりとは言えない男が立っていて、何かを呟いている。 少し近付いてみると、どうやら道行く人を見ては何か言っている。 赤いコートの女性には「赤」、真面目そうなスーツ姿の青年には「暗黒」、眼鏡をかけた女子高校生には「疑問」…

短編『カフェの客』

毎日毎日うんざりだ。来る日も来る日も、ひたすらに。 僕はカフェで働いている。特にやりたい仕事も、やるべき仕事もなく、ただ黙々と。 特に流行ってもいないが、そこそこに客は来る。そんな取り立てて特徴のないカフェだった。 客が来れば、愛想良くいらっ…

超短編『塊』

風邪をひき、熱が出たので、すべてを放り出して休養することにした。 眠りの中で夢を見た。熱に浮かされた奇妙な夢だ。 真っ暗だった。明かりひとつなく、周囲と呼べるような空間は見えない。その狭いとも広いともつかない空間の中心にそれはあった。 それが…

超短編『記憶』

まず自分にぴったりの数を探す。7とか262とか89753281とか。なんでもいい。好きな数。 多いからいいとか少ないから悪いとか、そういうのは一切ないから迷わなくて良い。 決めたら、くるりとその数に合わせて自分が回る。 そうしたら色を選ぶ。青…

超短編『ある日晴れの日』

冬の寒々と晴れ渡った青く高い空。春に近いせいか、風が強い日だった。 遠くから電車の走る音が聞こえた。 まるで醒めない夢を見ているみたいに、明るく、淡い影のできる日だった。 海辺にぽろぽろこぼれる誰かのため息を拾って歩いた。 ため息は全部小瓶に…

超短編『一週間』

誰もいない月曜日、烏と踊る。 誰もいない火曜日、猫と絵本を読む。 誰もいない水曜日、兎とピクニック。 誰もいない木曜日、犬と地底探検。 誰もいない金曜日、豚と空中ブランコ。 誰もいない土曜日、とかげと木登り。 誰もいない日曜日、ひとりで眠る。

超短編『畳』

子供の頃、和室でごろごろしながら畳の目を数えていたら、つと目の間から親指ほどの大きさの虚無僧が立ち上がり、縁の上を歩く。歩きながら尺八を吹いている。 面白かったのでしばらく眺めていたが、ちょっと目を離した隙にいなくなってしまった。

超短編『電話』

おなかが空いたので、雑炊を作ります。 土鍋に、といだお米と昆布と水と、しめじと厚めにスライスしたタマネギを入れて、とにかく火にかけます。 火が通ったら、塩としょうゆとみりんで味をつけます。 最後にといた卵をざあっと入れて出来上がり。 あさつき…

超短編『砂場』

悲しくなってきたので今日も、砂場に埋まっている。 小さな男の子とそのお母さんが通りすぎるのを、猫が通りすぎるのを、鳩が通りすぎるのを、自転車に乗った女の子が通りすぎるのを、見て、いた。

超短編『格安物件 弐』

薄暗がりにその男が呆と突立っているのに初めて気付いた時は本当に驚いた。 自分の家の中に、見知らぬ男がぼんやりと立っているのには、恐怖を通り越して可笑しみさえ感じる。 なるほど、出るという話は本当だったのだなと、まず納得した。 私の住まいは月の…

超短編『格安物件』

俺の家は、家賃が安い。何しろひと月二万円。いわゆる「出る」物件だった。 何が出るって、幽霊だ。しかし、俺には見えない。見えないけれど、音や気配はする。 最初は確かに驚いた。でも、慣れてしまえばどうってことはない。 そんな態度が気にくわなかった…

超短編『道の上』

目が覚めたら道の真ん中。真ん中で倒れて大の字だった。遠くの空が真っ赤。朝、か夕方。 携帯電話が鳴り出した。起き上がる。道の上に見知らぬ携帯電話。知らない着信メロディ。変にちゃらちゃらしたストラップがたくさん。 出た。あほー!とひとことで切れ…

短編『植える』

ちぎる。ちぎるとまた生えてくる。ちぎる。 「どうなってるんだ、これは。おいおい、ほら、これ見てみろよ。」 一昨日、ぼくが植えた魚肉ソーセージを、全然知らない酔っぱらいのおじさんがちぎる。 ああ、それ、ぼくの大好物なんだよ。おじさん。 「ああ、…

超短編『凪』

高い高い塔だった。 夢中で登っているうちに、とんでもなく高いところまで来てしまって、下なんか見ても塔しか見えない。 鳥も飛んでこない。 塔は白くて、青空によく映えた。 風だけが間断なく吹き、塔を抜ける時に笛のような音を立てた。 空と塔と風。 青…

超短編『山道』

坂を登る。 駅に向かう道は線路沿いで、坂道は線路と平行に並んでいる。坂を登り切ったところに駅の入口があった。 この坂がかなりきつい勾配で、急ごうにも急げない。上を見ながら登るのは疲れるので、足元のコンクリートばかり見ている。 なまじホームが見…

超短編『悪夢』

悪夢散々である。 まず、熊に追いかけられた。目が覚めたと思ったら、大量のオレンジと一緒に出荷されそうになった。目が覚めたと思ったら、よく分からない白い靄に襲われそうになり逃げ惑った。目が覚めたと思ったら、呪いのビデオの少女に捕まりかけた。目…

超短編『蜘蛛』

入浴中、何故か湯船に蜘蛛が落ちてきて、猛然と溺れている。 蜘蛛やら虫やらが大の苦手なはずの私だったけれど、あまりの必死さに思わず素手で助け上げてしまった。 蜘蛛は私の指の上で、いかにも助かったという仕草をする。 それを可愛いと思ってしまうなん…

短編『訪問者』

ある夜、窓を叩く音がした。ここは七階で、足場になるようなものは一切無いはずの窓だ。 すわ怪奇現象かと戦きつつ、そっとカーテンの隙間からのぞいてみた。 そこには、いかにもそれっぽい装束を身につけた小さな老爺が窓枠に立っている。 それっぽいという…

超短編『誕生日』

仕事が忙しいので、いつも自分の誕生日を忘れてしまう。 いつからか、誕生日当日の私が生まれた時刻になると、虚空におめでとうという文字が浮かび、私がそれに気がつくと、すうっと消える。 一体なんだ、これは。と長年思っていたが、ある年、祖母の書く文…

短編『密室殺人症候群』

加賀谷龍之介は迷宮知らずの名探偵である。 手がけた事件は百を超えると言われ、警察が解決できなかった、あるいは捜査に行き詰まった事件をも次々に解決に導いているという辣腕ぶりだ。 その噂を聞いてから彼に対する興味は募るばかりだったが、このほど私…

超短編『喜び』

草に朝露がたまっていて、重力に引き寄せられ雫となって落ちようとしている時、まるで奇跡のように太陽の光が射し、ただの水であるはずのそれは、光の粒になり、ちぎれるように地に落ちてすっと吸い込まれる。 それを目にとめて、じんわりとした笑顔を零すあ…

短編『未来日記』

Sのやつ、未来日記をつけはじめて以来、随分よろしくやってるって話だぜ。 未来日記? 俺も詳しい話は知らないんだが、なんでも、未来日記に登録して、今日より先の日記を書くんだってさ。 詳しいじゃないか…。 ……。 …で、それから? ああ、そんだけ。毎日欠…

超短編『電気の紐』

先輩が夜、寝ようと思い、電気の紐を引っ張って消そうとすると、電気の紐が猫か何かの尻尾のような感触であわてて手を離す。 見直してみるが、紐は普通の紐だ。 恐る恐るつまんでみると、やはり尻尾のような感触なので、以来壁にあるスイッチで電気を点けた…