超短編『あさっての方』

見事なまでに全身黒ずくめの男に会ったのは一昨日のこと。
黒い帽子をかぶり、黒いサングラスをかけ、黒い革の手袋をはめている。黒い上質そうなロングコートの下は黒いスーツでネクタイも黒。艶やかな黒い革靴。ちらっと見えた靴下も黒い。黒くないのは、男の肌とYシャツくらいだろうか。
そんな真っ黒な男が、突如として目の前に現われて、言った。
「死んでもらう」
咄嗟に「遠慮する」と答えたが、黒い男は問答無用で黒光りする拳銃を懐から取り出した。
悪い事も恨まれる事もしてきたから色々と心当たりがなくはないが、せめて何故殺されることになったのか教えて欲しかった。
しかし、尋ねる前に男は黙って引き金を引いた。
ああ、死んだ。と思ったが、一向に痛みを感じない。
目を開けると、男は背中を向けて歩き去るところだった。
弾はあさっての方へ飛んで行ったのだろう。周辺を探したが、弾痕を見つけることはできなかった。
翌日も男が現われるかと警戒していたが、何事もなく過ぎた。
しかし、今日、伝説の殺し屋の噂を耳にした。
黒ずくめの姿でターゲットの前に現われ、拳銃で撃つ。弾はあさっての方へ飛んで行き、その日は助かる。警告あるいは、宣告なのだろうか。
その翌々日にターゲットは確実に始末されるということだ。
つまり、今日……。
そう考えながら一昨日、黒い男に出会った時刻を過ぎた時だった。
どこからともなく飛んで来た銃弾に倒れてようやく悟った。

ああ、確かにあさっての方だった…