2006-11-01から1ヶ月間の記事一覧
頁を繰ると、びょうびょうと音がする。 はじめは気にもとめなかった。 けれど、する。頁を繰る度に音がしている。 顔を上げると、今まで読み進めた活字が頁からこぼれ落ち、窓辺に吹き溜まっていた。
踏切にいつも捕まる。 渡ろうとすると、毎回、必ず遮断機が下りる。 けれど、遮断機が下りたら、一度だって無理に渡ろうとしたことはない。 電車が通過する直前まで、線路の上で手が踊るのが見えるからだ。 真っ白い細い手や、皺だらけの手、ごつい手、小さ…
申し合わせたように、ある日、僕がばらばらになって、四方八方へ散り散りになってしまったので、残された僕はなんだかひどくバランスを欠いた存在になり、何をしても中途半端。自分が薄い紙みたいに思えて、歩いているだけでとても不安だ。 ふらふらと心許な…
窓から校庭が見えた。 校庭では、大きな男が一人、驚くべき速度で地面を耕し、みるみる木を植えていく。 子供が運動したり遊んだりするべき場所は、まるで森のようになってしまった。 呆気にとられて見ていると、木を植え終わった男は、花壇に花を植え始めた…
電車に乗った。 しばらく走っていくと車内放送が入る。 『間もなく、△△駅に到着します。お出口は右側です』 間を置かずに、英語のアナウンス。 『next station is △△.the door is right side will open.』その、右側のドアの前に小さな女の子が立っていて、…
坂の途中で、枯れ葉が吹き溜まってくるくると回っているのを見た。 その中の、鳥のような印象的な形をした一枚が、何かの加減で私に向かって飛んできて、ゆっくり回転しながら頭の上に落ちてくる。 おや、と思って手を伸ばし、受け止めようと手のひらを翳す…
宇宙の真理を看破したわ!と叫ぶや、彼女はえいっと地を蹴って上空高く飛び去ってしまった。 新しい惑星が発見されたというニュースが流れたのが、その一月後。 発見者は僕で、新惑星には飛んでいってしまった彼女の名前をつけた。
ゆらゆらと、道は左右に曲がりくねる。 まるで海沿いの道のように、視界の開けた左手側に広がるのは、見渡す限りの稲田。 いくらか湿り気を帯びた風は遮るものなく平野を渡り、何者にも興味がないように。あるいは地に立つ物質すべてをいとしむように、ざわ…
夕刻に月を見るのが、この頃の僕の日課だった。 僕は空を仰ぎ、そしてそこには月がある。 日没の時刻になると、僕は家の前の小さな公園に行く。 姉は、僕の後に出てきて、ここで一番大きな桜の木の幹に寄りかかって月を見る僕を見ていた。 姉の長い黒髪が、…
ある日小さな男がやってきて、慇懃無礼にこう言った。 「あなた様の懸想されているお隣にお住まいのご婦人は、この世界をお作りになった創造主様であらせられますから、あなた様一個人がどうこうできるわけもないので、どうぞ潔くお諦め下さいますように」 …
シマさんはとても寂しがり屋だ。ちょっとどうかと思うくらいに。愉しい事は大いに愉しむ癖に、いつもその愉しい事が終わってしまうのを見越しては寂しがる。 花を貰って、その花が枯れてしまうと言っては寂しがる。寂しがっているからと、また花を贈る。それ…
世界がゆらゆらと揺れていると思った後、どうやらまた死んでしまったらしかった。 私は死んでいる。と、ミヤコは考える。 しかしどのような原因でそうなったのか、今度もまた因果関係に思い当たる節がある。 水面から水中に、何か尖ったものが飛び込んできた…
どうして死んでしまったのだろうと考えた後、どうやらまた死んでしまったらしかった。 私は死んでいる。と、ミヤコは考える。 今度は、しかしどのような原因でそうなったのか、因果関係に思い当たる節がある。 自分より大きな生き物に、どうやら喰われたのだ…
死んでしまえとそう言われた後、どうした具合にか、どうやら本当に死んでしまったらしかった。 私は死んでいる。と、ミヤコは考える。 誰に死んでしまえと言われたのか、それからまたどうやってそのような状態に陥ったのか、それは不明だ。 死んでいるのにど…
わたしとあなたの体感温度は違うので、ふとした拍子にそのことに気がつく。 あなたが持て余したあなたのココロとカラダ。 わたしが持て余したわたしのココロとカラダ。 引き止めているのもまた、お互いの温度差。
右、左、上、下、前、後、戻る。 堂々巡りをしよう。 どうせ、どこにも逃げられないし。 これまでなんとかやり過ごしてきたことを、これからもなんとかやり過ごしていけばいい。 それだけのこと。 たった、それだけのこと。 くるくる迷う、指の先。 君の迷う…
縷々間々再々。 誰かに理解されることを望む、彼は、言う。 自分について、多くを語り、幾度も幾度も繰り返す。 縷々、間々、再々。
今日は遊山の日だと言って、ヒロさんが来た。 一人で話したいだけ話すと帰って行くので、黙って話を聞く。 間問い松は本当にあるらしいよ。 先日、田舎に帰省した時、祖父が言っていた。 なんでも羽衣松の四倍も五倍も背丈があって、天辺は見えなかったとい…
自分の存在がなんだかやけに希薄になってきた。 良い意味で何者でもないといった感じだ。 そこで電車に乗り、かつて住んでいた土地へ戻る。 山と海とが隣接し、人はそのどちらにも住まう土地だ。 迷わず山中に分け入ると、日当たりと見晴らしの良い場所を探…
やたらと雨が馨るので、辺りを見回して得心がいく。 春雨に、しとしとと滲んだ藤の木が、 なんとも優美に佇んでいる。 雨水を受けるたび、しずくの落ちるたび、 小さく身震いする、清楚な薄紫色の花。 花弁を伝って落ちてくる、そのしずくを、 こっそり舌先…
ひらがなの余韻を含ませて思わせぶりに君が笑う 言葉の奥の静かな矛盾にいつの間にか引き寄せられて 僕は言葉を失くしたまま何も言えず君を見る 君は笑う僕には理解できない理由 高く晴れ渡った寒い空色が君に降りて僕に降り注ぐ 君は僕に話し続ける 梢の上…
あらゆる出来事のさなか一人で呟くだけの無力な時も 右を向き左を向き右往左往しながら 誰の目にも触れないささやかな誘惑を いつも視界に捉えつつ 早朝に咲く夏の日の朝顔のように つらい気持ちだとこぼす孤独な魔物のように 夕凪を佇んで眺めるように 川の…
花が散りますねと声をかけられたのでそうですねと答えた。 花は確かに散っていた。 花弁は地に落ち、あるいは風に舞い。 花の季節にいつもお見かけしますと言うので、その通り、 花咲く折りには必ずお邪魔しておりますと答えた。 花を思わせる娘はあでやかに…