超短編『地球照』

夕刻に月を見るのが、この頃の僕の日課だった。
僕は空を仰ぎ、そしてそこには月がある。
日没の時刻になると、僕は家の前の小さな公園に行く。
姉は、僕の後に出てきて、ここで一番大きな桜の木の幹に寄りかかって月を見る僕を見ていた。
姉の長い黒髪が、時折吹く風にさらさらと流れるのを、僕は見なくても分かる。
濃紺を綺麗な水で薄めた色が、大きな刷毛で塗り重ねられていくような時刻。
月は欠けているけれど、良く見ると丸い影が見える。


ちきゅうしょう


姉の言葉が、風に乗って聞こえる。
僕は声に出さずに、その言葉を繰り返す。
公園の植え込みの、思い思いに育った草が、さらさら鳴る。
僕は少しだけ姉の方を見た。姉は遠くの月を見るように僕の方を見ていた。