2008-03-01から1ヶ月間の記事一覧

超短編『愛情』

散歩中、言われました。 「わわわんとしていなさいよ」 意味が分かりませんでしたので、立ち止まって振り返り、よくよく顔を見ました。 「わわわんと、していなさい」 「わわわんと」 言われたように返事をしたつもりでしたが、なんだか切なげな、鳴き声みた…

超短編『どすん』

どすん、といえば何か重い物が地面などに落ちて来た時の音ということになっている。 その音が、唐突に頭上で聞こえた。 咄嗟に身を屈めてみる。音が聞こえた時点ですでに落ちているのだからどうしようもないはずなのだが、音のわりに何の衝撃もない。 なんだ…

超短編『煤』

ある怪談の本を読んでいると、いつの間にか本を持っていた両手が真っ黒になっている。 びっくりして良く見れば、煤けている。 手を洗いに洗面所へ行き、水道の蛇口をひねろうと手を伸ばして、また驚いた。 煤などどこにもない。本のインクの汚れすらない。 …

超短編『夜の川』

夜の空気も大分、春らしくなり、刺すような冷たさはない。 仕事を終えて、家までの道を辿る。 橋を渡る。夜の川は、黒く、どろりとしている。 上流から何か白い物が流れて来るのが見えた。 タオルか何かだろう。と、見当をつけて眺めていると、真っ白い、非…

超短編『腕枕』

鎌倉から帰るため、Kは恋人と一緒に電車に乗って、七人がけの座席に並んで座った。一番端に恋人が、その隣にKが並ぶ形だ。 車内は空いていて、はじめこそ二人で、今日巡った場所や、他愛のない話題で盛り上がっていたが、じきに心地良い揺れと歩き回った疲れ…

超短編『見ていた』

真夜中、何の前触れもなく、はっきりと目が覚めた。 寝起きが悪いためにあまりないことだった。訝りながらも、身を起こす。 すると、急に尿意をもよおした。もしかすると、これで目が覚めたのかも知れない。 ひとり苦笑いしながら、トイレへ向かう。 廊下の…

超短編『シャッター』

家の近所に、大きなガレージのある家がある。 夜、その前を通った時、ガレージのシャッターが半分くらい開いているのが見えた。 風のせいなのか、シャッターが、がしゃりと音を立てる。 音につられて、そちらに目を向ける。 ガレージの中は、空のようだ。 半…

超短編『静けさの奥』

熱が出た夜は、眠ると必ず同じ夢を見た。 夢とも、幻覚ともつかぬようなものだ。 暗くて、狭くて、ぐにゃりと長い場所を、いつまでもいつまでも通り抜けていく。 どこかに出る前に、必ず目が覚めた。 目が覚めると、しんと静まり返った暗い部屋。 天井が、う…

超短編『かじかんだ手』

桜の木が、開花する間近になるにつれ、幹に、うっすらと色を蓄えている。 その艶めかしさと、春らしい初々しさが、まるで恋人のようで、幹に手を伸ばさせる。 木肌の感触が、かじかんだ手を温めるようで。 風邪などひいていないですか、春はもう土の中を満た…