超短編『見ていた』

 真夜中、何の前触れもなく、はっきりと目が覚めた。
 寝起きが悪いためにあまりないことだった。訝りながらも、身を起こす。
 すると、急に尿意をもよおした。もしかすると、これで目が覚めたのかも知れない。
 ひとり苦笑いしながら、トイレへ向かう。
 廊下の電気を点けて歩いて行くと、トイレのドアが中途半端に開いている。
 家族の誰かがきちんと閉めなかったのだろう。さすがに電気は消えている。
 しょうがないなあ、と口の中で呟いた時だった。
 ドアの下から三十センチほどの高さで、何かが、するっと暗いトイレの内側に引っ込むのが見えた気がした。
 まるでハイハイをする赤ん坊のようだ。そんな考えが、今見た光景を脳内で再生する。
 少しばかりむっちりとした肉感の短い腕、僅かにアンバランスに大きめの頭。それが、トイレのドアの内側に、するっと引っ込む。
 頭の中でそこまで再生すると、また最初から再生される。
 小さな手の、左手の指が微かにドアの端を掴んでいる。その指を離して、トイレのドアの内側に、するっと引っ込む。
 出て来るところは見ていない。
 ああ、見ていたんだ。
 そう思ったら、廊下に立ち尽くしてドアを見つめたまま、動けなくなった。