連続短編・壱『ミヤコ』

死んでしまえとそう言われた後、どうした具合にか、どうやら本当に死んでしまったらしかった。
私は死んでいる。と、ミヤコは考える。
誰に死んでしまえと言われたのか、それからまたどうやってそのような状態に陥ったのか、それは不明だ。
死んでいるのにどうして死んでいると判るのか、それもまた解らない。
そもそも、生きていること自体が不可解だったので、死んでしまったとなると余計に不可解だった。
考えても無駄なことだとミヤコは勝手に納得する。
そして、何も無いのだけは確かだった。
手を伸ばして、自分の身体に触れようとしても、まず、その手がない。
目を開けて周囲を見ようにも、目がなかった。
世界は無音で、自分には身体もなく、ぽんとそこに、何も無いなと思う意識だけがあった。


気がつくと、自分を取り囲むすべてが、ぼんやりと温かだった。
ぬるく温まった水っぽい土、細かくばらばらにされ、形のなくなりつつある木の枝や葉。体をうずめているのはそんなものが積み重なった、ふくふくと柔らかい場所だった。
少しでも身動ぎすると、温まった水分が肌をすべる。背中も頭も手足も、じんわりと暖まり、得も言われぬ幸福を感じる。
陽光が降り注ぎ、土を暖め、それが自分の埋もれている深くまで届いているのだった。
手を伸ばしてみても、指先は冷えた感触を捉えず、足を伸ばしてみても爪先は凍えなかった。
ゆっくりと頭上の土を掻き分け、足元を踏みしめる。
足元の土が僅かに沈み、水が滲み出てきた。
さらに力を込めると、頭上を覆う土が持ち上がり、周囲の温度が僅かに上がるのが分かる。耳元では、土の粒子の間を所在無く行き来する水の音が響く。
じりじりと土を押しながら、時間をかけて上がって行く。体にかかる抵抗はだんだん強くなり、必死になって押し上げた。
突然かかる力がなくなり、目の前が真っ白になる。空気の流れを鼻先に感じ取り、同時に肌全体を直接包む熱を感じる。
外に出たのだ。
体を押さえこんでいた重圧がなくなり、体は軽い。
けれど、厳重に保護されていた覆いを一度に外してしまった心許なさもある。
それでもなお、地上に出ることは喜びだ。


外は賑やかだった。
草は茂り、木々は音が聞こえてきそうなほど勢いよく、若々しい色の枝を伸ばし、新しい葉をつけ、中には蕾を綻ばせて、花を咲かせているものもある。
木立ちを縫って飛び回る鳥たちは陽気に歌い、吹く風は背筋を伸ばして歩くひとのように、しゃんとしている。
大気は良い匂いがする。春を謳歌し、咲き誇る花々の匂いだ。羽虫は光の中を、薄い羽を反射させて通り過ぎていく。



ああ、蛙だ。


ミヤコは蛙だった。
最初は蛙ではなかったように思う。
人であったはずだ。
人であった頃、ミヤコは蛙になど興味はなかった。
気持ちが悪いとか、かわいいとか、そういう感想すら持ったことはない。
その、蛙がミヤコである。
蛙は、そろそろと足を動かし、それからぴょんと跳ねた。
それにしても、一体どうして死んでしまったのだろうと、蛙のミヤコは一瞬考える。
陽光が、しみじみと身体を暖めていた。