超短編『山道』

坂を登る。
駅に向かう道は線路沿いで、坂道は線路と平行に並んでいる。坂を登り切ったところに駅の入口があった。
この坂がかなりきつい勾配で、急ごうにも急げない。上を見ながら登るのは疲れるので、足元のコンクリートばかり見ている。
なまじホームが見えるから、電車が来ると気ばかり焦る。坂の下にも駅の入口を作ってほしいと何度思ったか知れない。実は今も思っている。


僕が生まれる前。
ここに駅ができるまではただの山道で、狸やらイタチやらがいたそうだ。
区画整理されマンションの建ち並ぶ今では、そんな面影もない。


僕の少し前をお婆さんが歩いていて、なかなかしっかりした足取りで登っている。
ホームに電車が入って来るのが見える。あれにはどう頑張っても乗れない。
先を歩いていたお婆さんに追いついた。やけに大きな荷物で大変そうだった。
坂の上まで運ぶのを手伝いましょうか?
後ろから声をかけてみると、お婆さんは立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
皺の刻まれた口元が笑っていたような気がする。


次の瞬間、僕は駅のホームに立っていた。訳が分からない。
電車が運んできた風に煽られる。電車の行き先を確かめると、僕の乗るべき電車だった。
人の流れに押されて、開いたドアから電車に乗り込む。
窓から坂道を見上げて、自分の目を疑った。
坂は草木の生い茂る山道で、濃い緑色が視界いっぱいに広がっていた。
山道をイタチらしき細長い影が走るのが見えた。
それもほんの一瞬の事だったのだろう。発車のメロディで、僕は我に帰った。
見直してみれば山道は見慣れた坂道でしかなく、一抹の寂しさを感じる。
窓から視線を外すと、隣に立っていたOL風の女性が、やはり驚いた顔でこちらを振り向くところだった。