超短編『題』

街角に、お世辞にもいい身なりとは言えない男が立っていて、何かを呟いている。
少し近付いてみると、どうやら道行く人を見ては何か言っている。
赤いコートの女性には「赤」、真面目そうなスーツ姿の青年には「暗黒」、眼鏡をかけた女子高校生には「疑問」、温和そうなお婆さんには「肯定」、その隣りのお爺さんには「理解」、走り去っていった少年には「奔放」、俯いて歩いて行く女性には「困惑」といった具合いだ。
私が男の前を通り過ぎる瞬間、男が「興味」と言うのが聞こえた。
私は足を止め、男を振り返って、先ほどから君は何を言っているのだろうかと尋ねた。
正面から見ると、男は若いのか歳をとっているのか判別しがたかった。
やけに澄んだ目で私を見ると、男は答えた。
命の題を読んでいるだけです。