短編『カフェの客』

毎日毎日うんざりだ。来る日も来る日も、ひたすらに。
僕はカフェで働いている。特にやりたい仕事も、やるべき仕事もなく、ただ黙々と。
特に流行ってもいないが、そこそこに客は来る。そんな取り立てて特徴のないカフェだった。
客が来れば、愛想良くいらっしゃいませと云い、水を出し、メニューを渡し、注文を取る。
客の注文した飲み物をマスターに伝え、サンドイッチを作り、それを客のテーブルに運ぶ。
水をつぎ足しに行き、灰皿を取り替え、食器を下げ、洗う。
レジで会計をし、また愛想良くありがとうございましたと送り出す。
テーブルを拭き、椅子を整え、閉店時間になれば掃除をする。
趣味もなく、特技もなく、ただひたすらに。
何年も先の自分の人生がきっちり終わりまで見えるような気がしてはうんざりする日々だった。

ある日、最後の客が帰ってしまったので掃除でも始めようかと思い始めた頃。
閉店時間の九時きっかり十五分前に、おかっぱ頭の女の子が店に入ってきた。
身長は僕の半分ほど。子供にしか見えなかったが、やけに趣味の良い大人びた格好をしていた。
つい反射的にいらっしゃいませと云うと、その女の子は小さくにっこり笑い窓際のテーブルについた。
水を出し、メニューを渡すと、女の子はそれを見もせずに「ココア」と云う。
マスターは閉店前に僕に店を任せて帰宅してしまうので、店には僕ひとりだった。
僕は、カウンターに戻りココアを作って客のテーブルに運ぶ。
ほかほかと湯気が立ち上るココアをおいしそうに飲むと、やがて席を立ちレジまでやってきた。
いつものように会計をして、ありがとうございますと送り出す。
カランとベルの音がして、扉が閉まった。
僕は食器を下げ、テーブルを拭き、椅子を整えた。時計はきっかり九時だった。
店の掃除を済ませ、レジを閉め、店の鍵を閉めて帰る。いつもの通りだった。

翌日から、女の子は毎晩閉店の十五分前に店に来て、ココアを注文するようになった。
話しかけたり話しかけられたりすることはなかったが、女の子が来るのを楽しみに待つようになるのにそう時間はかからなかった。
楽しみを抱えるようになってから、毎日毎日同じ事をするのも苦にならなくなり、昼間に来る常連客とも少し話したりするようになった。
客足は増え、店が繁盛するようになると、老年だったマスターは僕に店を任せてくれることになり、僕はカフェのマスターになった。


あれから何年も過ぎたが、女の子は毎晩ココアを飲みにやって来る。