短編『訪問者』

ある夜、窓を叩く音がした。ここは七階で、足場になるようなものは一切無いはずの窓だ。
すわ怪奇現象かと戦きつつ、そっとカーテンの隙間からのぞいてみた。
そこには、いかにもそれっぽい装束を身につけた小さな老爺が窓枠に立っている。
それっぽいというのは、神様が実在する存在だったらと喩えに描かれるようなそれっぽさ。白いずるずるした清潔な着物と、豊かな白い長髪、さらに立派な白髭だ。着物が赤かったら、サンタクロースに見えるかも知れない。
小さい老爺と表現してみたが、どのくらい小ささかと言えば、手のひらに乗るくらい小さい。
とりあえず、大いに驚いた。口から飛び出した声は、うわあ!であった。
まさに怪奇現象だ。
老爺は、再び持っていた杖でコンコンと窓を叩く。
な、なにか用ですか。そう聞くと、老爺は口元をもごもごと動かし、目を閉じた。たぶん、笑顔を浮かべたのだろうと判断する。何しろ髭で表情がほとんど伺えないのだ。
しばらくそのまま固まっていたが、再び目を開けるともごもご口元を動かした。
<わたしは、この近くにある寺の椎の木の根本に埋まっている仏像である。掘り出して奉れば必ず良き道を示すものとなろう。>
あなたが、仏像。
<うむ>
寺の人に掘り出してもらえばいいんじゃないでしょうか。そう言うと、老爺はやけにしょんぼりと肩を落とし、目を瞬かせて言った。
<それが、誰も気がついてくれないのだ。仕方がないので寺の隣の家に行ってみたがこれも駄目。反対の隣も駄目。向かいも駄目。その隣もその隣も、とにかく誰も気がついてくれないので、さらに範囲を広げて一軒一軒回っておるのだ>
ご苦労なことである。そして、そなたが初めて気がついた。と、そう老爺は言って、また口元をもごもご動かし目を閉じる。
掘り出すと、なにかいいことがあるのでしょうか。呪われない?
<いいことがある。呪われない>
老爺は、威厳のある表情で頷いた。


そんなわけで、次の日、寺に忍び込んで椎の木の根本を掘り返してみた。
立派な椎の木で、絡み合う根の間から確かに小さな仏像が出てきた。
きれいに掃除をしてみると、確かに窓枠に立っていた老爺にそっくりだった。
いいことがあったかどうかはともかく、少なくとも呪われてはいない。