短編『密室殺人症候群』

加賀谷龍之介は迷宮知らずの名探偵である。
手がけた事件は百を超えると言われ、警察が解決できなかった、あるいは捜査に行き詰まった事件をも次々に解決に導いているという辣腕ぶりだ。
その噂を聞いてから彼に対する興味は募るばかりだったが、このほど私は彼の事件調査に同行する機会を得た。
事件の内容はこうだ。
さる資産家の男が、何者かに鈍器のようなもので殴られ殺害された。
事件現場は被害者の自宅の一室。書斎である。
凶器は妙に大きな花瓶で、それで後頭部を殴られたのが致命傷であった。
凶器は現場に残されており、トリックに使われたと見られるテグスも室内から発見された。
部屋にある二つの窓は施錠されており、唯一のドアも勿論施錠されていた。他に出入り口はなく、完全な密室である。
盗まれたものなどは一切無く、顔見知りの犯行の可能性が高いらしい。
探偵が室内を隈無く観察している間、私は探偵を眺めたり被害者の本棚を眺めたりして待った。
本棚には、国内文学や外国文学の分厚い全集に混じって、ミステリなども散見される。なかなかの読書家であったらしい。
ようやく探偵が、満足そうな顔でこう言った。
「真相が分かりました」
さすがは名探偵と呼ばれるだけのことはある。
私やその場にいた警察関係者は、固唾を飲んで探偵の次の言葉を待つ。
「これは『密室殺人症候群』に他なりません」
初めて聞く言葉だった。それは一体何なのだ。
加賀谷探偵は、私の言葉に面白そうに口の端を歪めてこう言った。
「いいですか『密室殺人症候群』というのは、いわゆる推理小説に傾倒した者があたかも密室殺人が行われたかのように装った自殺です」
おおお、と、どよめきが起こる。
つまり、犯人は…。
「そう、そこで死んでいる被害者自身なのです!」
加賀谷龍之介は高らかにそう宣言し、かくして事件は幕を閉じた。


後に知ったのだが、かの名探偵の手がけた事件の真相のほとんどは、何故か密室殺人症候群である。