超短編『格安物件 弐』

薄暗がりにその男が呆と突立っているのに初めて気付いた時は本当に驚いた。
自分の家の中に、見知らぬ男がぼんやりと立っているのには、恐怖を通り越して可笑しみさえ感じる。
なるほど、出るという話は本当だったのだなと、まず納得した。
私の住まいは月の家賃が二万円という格安のアパートだ。そのかわり、出ますよという不動産の話だった。なんだか知らないが、出ようと出まいと背に腹はかえられない。雨風を凌げるならなんでもいい。そんな気持ちだったのだ。
よく見ると男の身体を通り越して向こう側が見えるので、幽霊というやつは本当に透けているのだなあと感心してしまった。
男は遠慮なくじろじろと眺め回す私を見ることもなく、ただひたすらに呆と立つのみ。
それから毎夜、男は同じところに突立っている。
日が沈んだ直後から、日が昇る直前までしか見えないのは、たぶん薄いからだろうと思う。
風呂もトイレも台所も立派なもので、幽霊さえ気にしなければ良い住まいだ。
私は、今日も男におやすみと声をかけ布団に潜り込む。