超短編『夜桜』

 夜桜を見ようと川沿いの桜並木を歩く。夜の中、ざわめくような花の色が浮き上がっている。
 一際闇に際立って美しく、なまめかしいほどに白い花をつけた樹があったので近付いて行くと、花と見えたものがみな小さな手のひらである。
 遠目には花にしか見えなかったが、風が吹けばざわざわと揺れ、その度にいくつかの手が握ったり開いたりするので薄気味が悪い。
 この花は散るのだろうか、散らぬのだろうか。ちらと考えたが、それ以上はあまり考えたくないのでやめる。
 その樹の下を通り過ぎた後、背後ではたりと何かが落ちる音が聞こえたが、振り返らずに歩いた。