超短編『チョコ痕』(500文字の心臓参加作品)

 前から高校生らしき男の子が二人、歩いて来る。特に聞こうと思ったわけではなかったが、会話は開けっぴろげで筒抜けだ。
「やっぱりお前、もらってたんじゃねーかよ」
 一方の背の高い子が真面目そうな眼鏡の子に笑いながら、ふざけた口調でそう言う。けれど目が真剣だった。
「もらってたって、何を」
「チョコだよ、チョコ。決まってるだろ」
「な、え?なんでそんな、」
 眼鏡の子は真剣に慌てている。たぶん、今流行のアレを知らないのだろう。
 背の高い子は、少し面白そうな顔になった。
「なんかさ、女子の間で流行ってるんだって『チョコ痕』とかいうやつ。手作りチョコに入れて、それ食べると首の後ろのとこに印が出んの」
 ここんとこに、と言いながら背の高い子が眼鏡の子の後ろ襟をつついている。
 『チョコ痕』を入れたチョコには「気持ちに応えてくれるなら食べて下さい」というようなメッセージをつけるのが礼儀だ。ホワイトデーのお返しの時に、チョコ痕の効果を消す薬を渡すというシステムになっている。
「マジで!」
 と、眼鏡の子が真っ赤になったところで、ちょうど二人とすれ違った。微笑ましく見送る。
 風は暖かく、春の気配だった。