短編『毛布 -夜明け前-』

 これはキミヤさんがうちに来てふた月ほど経った頃の話。

 キミヤさんが風邪をひいたので、普段は鬱陶しいと放っておかれている毛布を出してきた。
 そんなものにくるまるなんてと言うから、嫌いなのかと思っていたのだけれど、どうやらそうではないらしい。
 少しばかり人間不信なところがあるキミヤさんだが、僕に対しては心を許しているのだと、キミヤさんとごく親しいカナイさんとハスミさんが、それぞれこっそり教えてくれた。
 キミヤさんがうちで暮らすことになったすぐ後に僕が買ってきた毛布を、キミヤさんはとても気に入ってくれたのだそうだ。
 けれど、人からあまり親切にされたことがなかったキミヤさんは、たぶん困惑したのだと思う。今まで決まった家に自分の居場所があったことがないと言っていたし、もしかすると長居するつもりもなかったのかも知れない。
 複雑な心境というやつだ。
 そして、困惑した挙句に出た感想が、鬱陶しい。だったのだと思う。今回は勝手に買ってきたというのもあったけれど、素っ気ない態度を取られても僕はキミヤさんに腹を立てたことはまだ一度もなかった。
 人間同士、誤解やすれ違いはよくあることだし、ましてや相手が猫なんだから余計に起こる確率が高い。

 そんなわけで、僕は風邪を引いたキミヤさんのために毛布を出して来たのだった。
 風邪なら人間同様、温かくするべきだろうし、栄養をとってしっかり寝るべきだろう。ほどよい湿気と水分も補給した方がいいだろう。
 その時、タイミング悪く僕の不眠期間は終わったばかりで、キミヤさんの言葉は普通の猫語にしか聞こえず、彼の食べたいものを直接尋ねることができなかった。
 僕はやむなく、だるそうなキミヤさんの前に食べ物をずらりと並べ、どれでも食べたいものを選んでほしいと示した。
 けれどキミヤさんは食欲がない様子で、いつものソファにごろりと横になってしまった。
 毛布は?と聞いたけれど、耳をぴくぴく動かしただけ。いらない。言葉は分からなくても、なんとなく分かった。
 仕方がないのでキミヤさんの脇に毛布を置いて、様子を見ていることにした。

 そんなことをしているうちにいつの間にか眠ってしまったらしい。
 ふと気がつくと、僕はソファの上で長々と横になっている。
 脇に置いたはずの毛布をしっかり掛けていて、その毛布の中、ちょうどお腹のあたりでキミヤさんが丸くなって眠っていた。
 キミヤさんが毛布を掛けてくれたのか、夢うつつに自分で掛けたのかは分からなかったけれど、キミヤさんが丸くなっているあたりはぽかぽかと暖かい。普段はあまりべったりしてこないキミヤさんだけれど、その暖かさが彼の心なのだと思う。
 僕はキミヤさんを起こさないように覗き込んだ毛布を元に戻して、もう一眠りすることにした。