超短編『病』

 病であろう、これは。わたしは。
 あかく、あたたかい、いのちを飲み込んでわたしは生きている。否、生きてはいまい。
 死ぬということが無に帰することであるならば、わたしは死んではいない。
 生きるということが、陽の光の下で大地を踏みしめることであるならば、わたしは生きてはいない。
 わたしは、死んでも生きてもいない。
 幸か不幸か、時間だけはたくさんあった。残酷にして優しい、動かなくなった時計のような時間が。
 喉がはりついて潰れてしまうのではないかと思うほどの乾きを覚えると、わたしはようやく立ち上がり、夜の闇にぬるりと溶けこんで相手を探す。
 血には記憶が溶けている。喜びや悲しみや怒りや恐怖や残虐な妄想が溶けている。良い相手を探さなければ、一晩を悶えて過ごすはめになる。
 だから、わたしは、この行為があまり好きにはなれない。永劫の時間を手にしてはいるけれど、不自由な足枷のようだ。
 まるで、覚めない悪夢のようでさえある。
 けれど。
 あの、馨しく立ちのぼる、いのちの匂いの誘惑。理性のたがなど瞬時に焼け落ちる。己の牙が、柔らかい肌に突き刺さり、口内にほとばしる、あかい液体。
 あかく、あたたかい、いのちを飲み込んで。
 病であろう、これは。
 わたしは。