超短編『鈴』
バスの中でふいに鈴の音。こん、と落ちて、かろろんと転がる音。
あきらかに、いま、誰かが何かを落としたはずなのに、誰も頭を動かしたり下を見ようとしたりしない。
まるで乗客全員が、何か落ちても気にしてはいけないという暗黙の了解があるような頑さで無反応。
まばらに立っている乗客の足元の、音がした方向をすかし見る。
運転手の後ろ、前から三番目の座席の横に小さな鈴が落ちていた。白地に桜の描かれた鈴だ。
案外誰も気がついていないのかも知れないと思い、席を立って拾い上げ、持ち主を探してみようかと考える。
その直後だった。座席の下から小さな手が伸びて鈴をつまむと引っ込んでいく。
あとは、まるで何事もなかったように、いつも通りのバスの床。