超短編『下町マンション』
東京都K区Mにある、某マンションには新築でまだ人が入居する前から、住んでいる何者かがいる。
下町で、かき氷屋、八百屋、豆腐屋などが売り歩きに来る。売り歩くと言っても、実際は自動車で回って来る。古い建物もまだ多い。そんな場所だ。
工事中とはいってもほぼ完成に近い状態で、内装関係の職人が昼休み、最上階の広いリビングで同僚と二人で横になって昼寝をしていた。
Aは部屋の中央辺り、Sは横になったAが頭を向けている壁側に離れて、それぞれ仰向けに寝転がった。
夏の暑い盛りで、暑さと仕事の疲れでAがうとうとしていると、頭上からパタパタと床を叩く音が聞こえる。
最初は気にせず寝ていたが、しつこくパタパタいうのでだんだん気になってくる。
どう考えても、組んだ足の片方で床を叩いている音だ。こんなにパタパタ響くのは、スリッパを履いているせいだろう。
それでも眠かったAは、そのパタパタという音を聞きながら昼休みの終わる時間まで昼寝を続けた。
昼休みが終わってからSに「足をパタパタ鳴らして、うるさかったよ」と言うと、Sはきょとんとした顔をする。
足なんて組んでいないし、パタパタ鳴らしてもいないし、そんな音も聞こえなかったと言う。だいたい、疲れて一緒に寝ていたのだ。
それもそうだとAが足下に目を向けると、二人ともスリッパなんて最初から履いていない。
誰かが一緒に昼休みを過ごしていたらしい。