超短編『幸運の女神』

 帆船の後を海鳥が追っている。波は穏やかで、伸びやかな風が帆を煽る。
 甲板の片隅には、のんびりと欠伸をしながら釣りをする男が見える。
 その脇を、屈強な男たちが数人、通り過ぎる。みな、帆を点検したりロープの張り具合を確かめたりと忙しい。
 滑るように進む船の舳先には、小柄な乙女が腰掛けている。時折、海鳥に手を振って、あとはじっと船の行く先を見つめている。
 白く柔らかで軽そうなドレスは、海風にも、こそりともなびかない。
 腰に届きそうなほど長く美しい黒髪も同様だ。
 すれ違う船に乗った人々は彼女を見ると笑顔になり、こちらの船へ来ないかと誘うが、彼女は見向きもしない。
 彼女の乗る船は、海を走るどの船より海に愛され、そしていかなる嵐や災厄も船を避け、決して沈むことなく安全に航海できると言われている。
 しかしまた、海を走るどの船よりも船を愛し、海に出ることを愛する者が乗る船でなければ、彼女が乗り込むことはないとも言われている。
 すれ違う船は、誰がその幸運な船長なのかと探しながら通り過ぎる。
 しかし誰も、甲板の隅で、餌だけ取られた!と叫んでいるのがそれとは気づかない。