超短編『コタツと蜜柑』

 住宅街を歩いている。
 寒さと、漠然とした不安に苛まれながら歩いている。
 重くたれ込めた雲のせいで薄暗い空を、自分ひとりが背負っているような気になって歩いている。
 ふと角を曲がり、妙に長い廊下のアパートの前を通りかかる。
 アパートの廊下には猫がいて、誘い込まれるように、アパートの廊下に足を踏み入れる。
 廊下を真ん中あたりまで進んだところで、突然建物が舞台のセットのようにスパリと割れて、部屋の中が縦割りに良く見えるようになる。
 部屋の中には、コタツに入って山盛りの蜜柑のひとつを、今まさに剥き終えて口へ入れようとしている人物がいる。
 突然の、あまりに理解を超えた出来事に呆気にとられて立ち尽くしていると、コタツの中の人物が手招きをしている。
 親切なその人は、コタツに入るように勧めてくれ、蜜柑を手渡してくる。
 呼ばれるまま靴を脱いで素直にコタツに入り、蜜柑を剥き始めたところでふと気がつくと、縦割りになっていたはずのアパートは元通りになっている。
 コタツは暖かく、蜜柑は甘酸っぱい。
 薄暗い空も、今は見えない。