超短編『たぶん好感触』

 Tシャツの首の後ろのところにあるタグに困っている様子だったから、黙ってハサミを差し出したら、右目を細めて左目を見開くという器用な表情を浮かべてキミはハサミを受け取った。返してはくれなかったけれど。
 満員電車のドアに上着の裾を挟まれて困っている様子だったから、一緒に上着の裾をドアから引っ張り出すのを手伝ったら、右眉を引き上げて左眉はぴくりとも動かさないという器用な表情を浮かべてキミは脱いだ上着を差し出して来る。渡してはくれなかったけれど。
 硬貨しか使えない自動販売機の前に、千円札を一枚持って困っている様子だったから、百円玉五枚と五百円玉一枚を千円札と両替したら、両目を見開いたままキミはコーラを二本買って、一本を差し出して来る。よく振ってからだったけれど。


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『500文字の心臓』参加作品
○=6 △=3