超短編『ササヅカ記』

 ササヅカが山のような苺を持って帰ってきた。
 僕の胡乱そうな視線に気がついたのか「苺ジャムとかソースとか苺酒とかさ作ろうかと思って」などと言う。好きにしたらいい。そう思っていたのも束の間、部屋中に甘ったるい匂いが充満したのには辟易した。
 空気を入れ換えてやろうと、こっそり窓を開けておく。適当に閉めようと考えていたら、ベランダにスズメが舞い降りて来た。夢中になって眺めていたらササヅカに見つかって「今日は風が強いからホコリが入る」と言われ、窓を閉められてしまった。当然スズメも逃げた。口惜しい。
 ササヅカが家中の瓶をテーブルに並べて、出来上がったジャムを詰めている。
 苺ソースと苺酒のことは忘れてしまったのか「全部ジャムにしちゃったにゃ〜」などと呟いている。時々ササヅカは、語尾がおかしくなる。
 ササヅカの作った大量のジャムが詰められた瓶。ササヅカが眠ってから数えてみたら、三十一もある。台所のテーブルは熱いジャムの入った瓶でいっぱい。ササヅカと僕は床に並んで夕食をとった。
 ササヅカが保存食を作りすぎるのは、大抵落ち込むことがあった時だ。寝顔をのぞいてみたが、存外平和そうな顔ですやすやと寝息を立てていた。明日になったらジャムの貰い手探しを手伝おう。
 居間でごろごろしながら夜の曇り空を眺めていたら、ササヅカが起きて来た。台所で水を飲んでいる。僕に気がつくと、寝ぼけ眼で「おやすみの握手」と手を出して来る。応じると、むにむにと嬉しそうに握って、また部屋へ戻って行った。
 ササヅカが部屋へ戻ってから、また夜の曇り空を眺めていたら、ベランダの仕切りの向こうから隣室に住んでいるコユキが顔を出した。以前、柵を伝ってこちらのベランダを訪問したことがある奴だ。危ないだろうと叱ったら、落ちるなんてドジなことはしないなどと言い放った。
 コユキはまた柵を伝って来るつもりか。慌てて起き上がり、窓を開ける。生温い夜風が吹き込んで来た。
 予想に反してコユキはのんびりと首を傾げ、こんばんはと挨拶をしてきた。それから、ねえ苺ジャムの匂いがするの、そっち?と訊かれた。
 ササヅカがたくさん作ったから売るほどある。ただし、苺ジャムだけ。それを聞いたコユキは、妙に嬉しそうに目を細める。明日、たぶんササヅカが真っ先に持って行くと思うと言ったら、コユキは、じゃあおやすみなさいと言い残して顔を引っ込めた。僕も窓を閉めて寝ることにしよう。