超短編『問答』

山河のふちに折々と、さざれ石の鳴くを聞く。 花は咲けども春は来ず、春は来れども花は無く。 謎掛けであろうと問えば、願掛けであると答える。 何を願うとさらに問えば、黙して語らず。

超短編『消灯』

夜、寝るときは電気を消して真っ暗にしてから寝る。確かに小さな明かりをつけておけば夜中にトイレに行きたくなったり、水を飲みたくなった時には便利だ。でも、必ず消す。誰かが遊びに来て、泊まることになった時でも絶対に消す。 少しでも明るいと寝付けな…

超短編『見つからない』

気づけば月代がある。 朝の爽やかな光が差し込む洗面所。鏡の中で、俺が「うわあ、さかやき!」と叫んでいる。 毛髪が衰えたのではない証拠に、剃り痕が青白い。剃り痕って、誰もいないこの家で一体誰が俺の頭を剃るっていうんだ。俺が?いや、まさか。 寝る…

超短編『祝日』

さしたる用事もないのに街中をさまよっていると、空から何か人工的な物体が降ってくる。 咄嗟に開きかけたパチンコ屋の軒先に身を隠しつつ、降ってきた物体を観察する。 赤ん坊の小さな小さな握り拳ほどの大きさで、白い。 俵型をしていて、アスファルトに落…

超短編『音』

深夜の、ささやかな物音が気になって、なかなか寝付けない時があります。 例えば、冷蔵庫のモーターの唸る音であったり、時計の秒針がこつりこつりと回る音であったり。 とりたてて気になるのが、正体の知れぬものの足音。 台所の方から、と、とと、とて、と…

超短編『かつての』

住み慣れた街を離れ、何年か経った頃にふと、かつて住み慣れた街へと足を運んだ。 かつて恋人だった人、かつて親友だった人、かつて顔見知りだった人、かつて隣人だった人と再会を果たす。 みな、再会を喜んでくれ、不義理だった己を恥じた。 しかし世界は不…

超短編『見張り』

見張り台には交代で、当番の雀が立っている。 二番目の見張り台の雀と常に状況を知らせ合い、変化があれば、裏庭でがやがやしている仲間に知らせる手筈になっている。

超短編『ミジンコの神様』

ベランダに小さな睡蓮鉢を置き、水を張る。翌日赤玉土を浅く敷いた。 よく乾いた赤玉土は、水に入れる時にまるで焼け石が水に落ちたような、じゅうという音がした。焼け石が立てる音よりはずいぶん小さかったのだが。 赤玉土を敷いた翌日には、未草を植えた…

超短編『悲鳴』

ある年、新入社員が入社したばかりの頃だった。社内で火災警報の誤報が四日連続で起こった。 警報のベルの音が、少し歪んで、まるでけたたましい悲鳴のようだったので、これは火災報知器が壊れたのだろうということで、二日目に全てを点検。異常が見つけられ…

超短編『いじわる』

君がよく笑っているのは、笑っている間は口をきかなくてもすむからだよね。 そんなに笑っていると、犬草の種が飛んで来て、君の開いた口の中で発芽して、その艶かしい舌に根付いて、そして、そしてね。 そこまで話すと、君は笑うのをやめた。 そして、鞄から…

超短編『頭蓋骨を捜せ』

わたしは、小さい。 わたしは、乾いている。 わたしは、魂を持っている。 わたしは、口をきくことができない。 わたしは、人を呪う事をよしとはしない。 わたしは、頭蓋骨を捜している。 わたしは、うまくものを考える事ができない。 わたしは、抜かれてしま…

超短編『歌声』

星を見ていると、何の前触れもなく夜空を星々が滑り落ちるのに遭遇した。 灰色ネズミが僕の傍らに立ち止まり、黙って一緒に空を見ている。 小さな歌声は、ネズミだったのか、それとも暗闇の中、他に誰かがいたのかも知れない。

超短編『風の日』

風乗りの老婆に会った。 アタシも昔は若い娘だったんだよと言いながらやって来た。 綺麗だったかどうかはご想像にお任せさね。と言う頃には、遙か彼方へ移動している。 ああ、もうじき春だから風が強いのだなと思う。 若い娘の風乗りにも会えないものだろう…

超短編『水たまり』

足の裏で、ぺとんという感触がした。 何を踏んだのだろう。 水たまりで靴の裏を洗う。 足首を左右に揺らしていると、つーいと小さな雨蛙が足の下から泳ぎ出て、水たまりの真ん中あたりで見えなくなった。 水たまりの真ん中に向かう小さな水の筋だけが残って…

超短編『スクリーン・ヒーロー』

風が強く吹き荒れている。 廃墟となったシアターのスクリーンは、舞い上げられ、揺さぶられている。 映像は好き勝手に、壁や、破れたシートや、裂けて捩れた幕に投影されている。 天井はほとんどなく、曇天の重く灰色の空が見える。 あまり名の知られていな…

超短編『拾っている』

天井からロブスターが降ってくる。 天井からワイングラスが降ってくる。 天井から様々なものが降ってくる。

超短編『暮れ待ち』

透き通った茜色の淵を黒くなぞる影。 茜が濃紺になるのを待っている。 たぶん待っている。 黒猫のヒゲがゆらゆら揺れる。 夜まであと少し。

西荻ブックマーク『超短編の世界』オフレポ2

ああ、なんだかだんだん忘れてきたぞ…いい加減イベント後の打ち上げの話題へ。 イベントの打ち上げなのに、普通にお客さんも混ぜてくれるのが、西荻ブックマークの素敵なところ。 打ち上げ会場までは、五十嵐彪太さんと山下昇平さん、途中参加の峯岸さんが引…

西荻ブックマーク『超短編の世界』オフレポ1

銀座のランチオフ、別名「七人の侍もしくは七人岬」に、いきなり地元で渋滞に巻き込まれて、まさかの遅刻。 先に始めて下さいとメールをしたら、皆さん待っていて下さり、大変すみませんでした。 問題の七人は、金子みづはさん、仲町六絵さん、侘助さん、加…

オフレポまであと一日か二日

昨日のオフレポを書こうと思いますが、今日はもう、よく働き満員電車にもまれて先ほど帰宅したところですので、もはやままならぬのです。 行きの電車の中で、ぽちぽちとmixiにアップしていましたが、帰宅する前に携帯電話の電池を使い切りましたよ。…なんと…

西荻ブックマーク『超短編の世界』

14日の銀座ランチオフに参加することにしました。 金子さんよろしくお願いします。って、こんなとこでぶつぶつ言っても仕方がないんだけれども。 まだ一度もお会いした事のない仲町さんは、週刊てのひら怪談で、同じページに一緒に掲載されたご縁があるので…

短編『花めぐりの男』

雲の流れは早い。その波に、月が浮き沈みしている。 うっすらと明るくなり始めた空に、夜の残り香と目覚めそうな朝の気配とが不明確に混ざりあっている。 真夏の早朝、朝顔さえまだ開いていない。 気の早い蜩が、カナカナと鳴いている。 花めぐりの男に出会…

超短編『豊穣の国』

遠い西の国に、夕焼けを追いかける日があるのだという。 秋の特別な一日。 黄昏を知らせる鐘を合図に丘を駆け上がり、まっすぐに西へ西へ。 その勢いに、金木犀の花が舞い散っても止まらずに。 西へ西へ。 やがて景色はひらけて、空をぐるりと見渡せる場所へ…

超短編『黒い羊』

羊のやつは、今日も黒い顔を窓枠に乗せている。ビロードのような瞳はしんと深い夜の色。顔や手足だけでなく、もこもこの毛まで黒い。羊は笑わない。部屋の中には青ざめた水の匂い。羊の目に映った空は暗い色。その丸い空を見る。丸い空に鳥が泳いでいる。羊…

超短編『その他大勢』

その他大勢でいれば、とりあえずは安全なはずだ。当事者ではなく、傍観者なのだから。 そう思って、カーニバルの中へ紛れ込む。カーニバルを楽しんでいる、そんな顔で歩く。 後ろを振り返ったりはしない。人込みは、川のように流れている。ゆっくりゆっくり…

『いつか橋の上で』より

「ほらあの『共同募金』てやつ。募金すると色のついた羽根をくれるじゃないですか。赤とか」 「緑とかな」 と僕が言うと、津田は我が意を得たりというように大きく二度頷く。津田は真っ赤なセーターを着ていた。 「私が言いたいのは、あの羽根はなんなのかっ…

『その他の物語』

船のゴミ捨て場はひどい有様で、それでも、無機物しか捨てられていないのが救いだった。 螺子とか、よく分からない鉄屑なんかがごちゃごちゃと放り込まれている。 客なのか、中年のよく肥えた夫人が、無造作に紙袋を放り捨てるのに出くわした。紙袋は全部で…

超短編『振動』

駅でホームへ続くエスカレータに乗る。ホームが高い位置にあるので、妙に長い。 エスカレータを歩くのは感心しないが、かといってそれを咎める気概もないので、左側へ寄って右側をあけている。 半ばまで進んだあたりで、誰かが段を踏み締めて上がってくる。 …

アフター未来百怪の世界

20日峯岸氏の主催で『未来百怪の世界』という超短編関係者のオフ会がありまして、京都に行けなかった悔しさをバネ(?)に参加して参りました。 オフ会に参加すること自体ほとんど皆無に等しいのですが、愉快な席でございました。 また機会があったら、どこ…

超短編『トコロテン』

きしり、と背後で網戸が鳴った。気温は下がる気配もない。窓を開け放ち、少しでも風を入れようとカーテンも開け放っていたがあまり意味がなかった。 きしり、きし。また網戸が鳴る。そういえば、先程まで喧しかった蝉の音が止んでいる。すうっと一陣、ひんや…