超短編『トコロテン』

 きしり、と背後で網戸が鳴った。気温は下がる気配もない。窓を開け放ち、少しでも風を入れようとカーテンも開け放っていたがあまり意味がなかった。
 きしり、きし。また網戸が鳴る。そういえば、先程まで喧しかった蝉の音が止んでいる。すうっと一陣、ひんやりと心地良い風が入って来た。
 き、きし、きしり。音のする網戸の方をようやく振り返る。最初に見えたのは、二つの掌だった。それが網戸に張り付いて、まるで中に入ろうとするかのように押している。
 掌の向こうに顔があった。掌に比べると不自然なほど小さな女の顔だ。
 咄嗟に出任せを言った。
「知らないのか、網戸を押すとトコロテンのようになって二度と元通りにならないんだぞ」
 その言葉を信じたのか、単に声をかけたせいなのか、女は網戸から手を放し、すうっと見えなくなった。
 しばらく後、隣の部屋から「うわっトコロテン?」という悲鳴が聞こえてきた。