超短編『掬う』

 早朝、蓮を見に行くと、蓮に混じって手が咲いている。
 誰か水中に沈んでいるのかと思ったが、目の前を通ったおばさんが、あら綺麗な花。などと言って写真まで撮っているからには花なのだろう。
 手に見えているのは自分だけなのだろうか。
 翌日見に行くと、隣の蕾が開いていて、やはり手なのである。
 昨日通ったおばさんが、また前を通りざまに、あら綺麗な花。と言って写真を撮る。
 さらにその次の朝も見に行ってみた。
 最初の花は握り拳になっている。花が散ってしまったのだろうか、それとも、これから咲くのだろうか。
 またいつものおばさんが通って、花ももう終わりだわね。と、つぶやいて写真を撮る。
 こうなると、見に行くのをやめられなくなってくる。
 その翌朝は、二つ目の花も握り拳になっていて、水中からにょっきりと拳を突き上げる人がいるようでもある。
 いつものおばさんが、今日は現れなかった。
 次の朝は、腹痛で見に行けなかった。
 一日置いた翌朝、腕は肘の部分で折れ曲がり、拳は水中に沈んでいる。
 おばさんは現れない。花が終わってしまったから、来なくなったのかも知れない。
 そのまた次の朝、腕はすっかり沈んでしまって、泥に紛れて見えなくなってしまった。少し寂しく思う。
 それから、花の残滓もない水面を無為に眺めるため、七日ほど通った。
 七日目の朝に、明日はもう見に来るのをよそうと決めた。
 花のあった場所へゆくと、水面に何かが浮いている。
 掬い上げてみると、桜貝のようなきれいな爪である。
 爪に見えるけれども、これは、種ではないだろうか。
 浮かんでいる爪をすべて掬い上げ、そっと、シャツの裾で水を拭う。