超短編『やいこちゃん』

 友達のもちだやいこちゃんは、牛をたくさん飼っているお家の子です。
 畑がたくさんある中に、牛がいる広い場所があって、そこは太い針金で柵がしてあります。
 針金には牛が逃げないように、ちょっぴり電気を流しているんだよ。そう言って、やいこちゃんは、人差し指と親指の先で針金をつまんで見せました。やいこちゃんの手が、ぴくんと跳ねます。
 真似してつまんでみると、指先から胸のあたりまで、ずくん、と鈍い衝撃が走りました。これが電気なのだなと思いましたが、あまり気持ちの良いものでもないので、すぐに指を放しました。
 ね?と、やいこちゃんが言いましたので、うん、と頷きました。
 遠くから知らないおじさんが、マムシが出たぞお!と叫びながら走ってきます。
 田舎だったので、それはよく見られる光景でした。マムシが出たら、その近くに行ってはいけないことになっていました。
 マムシ、見たことある?やいこちゃんが言うので、ううん見たことない。と答えました。
 やいこちゃんは、見に行ってみようと言いますが、噛まれたら死んでしまうと言われているマムシなんか、見たくありません。
 行かない。と答えたら、突然やいこちゃんは目をキッと吊り上げて、じゃあもう遊んであげない!と怒り出しました。
 怒らせてしまったのがショックで、慌ててごめんねと謝りましたが、一体やいこちゃんが何故怒っているのか分からず、まだこちらを睨み付けているので、いたたまれなくなってそのまま逃げ帰ってしまいました。
 途中でだんだん悲しくなってしまって、泣きながら家に帰ると、母がどうしたのと出迎えてくれました。
 牛のお家のやいこちゃんの事を話すと、母は不思議そうに首を傾げました。
 この辺りに酪農の持田さんて一軒しかないけど、やいこちゃんなんて女の子いなかったはずよ。本当に、牛のお家の子って言ったの?
 間違いありません。確かに、もちだやいこちゃんです。けれど、落ち着いて考えると、やいこちゃんとどこで知り合ったのか、いつも何をして遊んでいたのか、そもそもいつも遊んでいたのかどうかさえはっきり覚えていません。
 それを聞いた母は、もうやいこちゃんと遊んではいけませんと言いました。
 言いつけを破ることはありませんでした。こっそり持田さんの家へ行っても、二度とやいこちゃんの姿を見ることがなかったからです。