超短編『顔』

 マンションの外廊下を歩いていると、一軒の部屋の窓に誰かが内側から顔を張り付けていた。曇りガラスだが、よほど顔を密着させているのか、目鼻立ちまでしっかり見分けられるほどだ。
 部屋に電気はついていない。顔の左右には掌も張り付いている。
 ほんの一瞬、時間にして二歩歩く程度のことだった。
 咄嗟に立ち止まり、振り返ってしまったが、窓には顔や手どころか、ぬいぐるみの影さえ見えない。
 背筋が勝手に、ぞくりと痙攣する。慌てて歩き出したが、張り付いていた顔や手が、まるで生まれたばかりの赤子のように小さかったのに、ぴったりとガラスに張り付いていた顔は肉感的な大人の顔立ちだったことが妙に印象に残っている。