超短編『祝日』
さしたる用事もないのに街中をさまよっていると、空から何か人工的な物体が降ってくる。
咄嗟に開きかけたパチンコ屋の軒先に身を隠しつつ、降ってきた物体を観察する。
赤ん坊の小さな小さな握り拳ほどの大きさで、白い。
俵型をしていて、アスファルトに落ちると、いかにも柔らかそうに、ぽゆんと跳ねる。
見覚えがあるような気がするが、少なくともそれは空から降ってくるものではない。断じて。
もっとよく見ようとすると、通行人の会話によって情報がもたらされた。
駅前にある五階建てのデパートで、朝から記念日だといって従業員を総動員し、屋上から何かを撒いているのだという。
それならやはりこれはマシュマロに違いない。何故マシュマロを撒くのかは不明だが。
好奇心にかられ、そのデパートの前まで行ってみることにした。
デパート前は、マシュマロが降り注ぐ中、なんとか受け止めようとする人々で賑わっていた。
降ってくるのがマシュマロだけに、ほのぼのとした雰囲気がある。
別に取り立ててマシュマロが好きというわけでもないが、せっかくだから受け止めてみようと手を伸ばすと、いきなり三つほどが手のひらのなかへ飛び込んでくる。
それを口へ放り込んで、再び手を伸ばすと、また三つほど捕まえた。
口がいっぱいなので、ポケットへ入れて、さらに手を伸ばす。今度は二つ取れた。
またポケットへ入れる。手を伸ばす。また取れる。
そんなことを繰り返しているうちにポケットはマシュマロでいっぱいになる。
するといつしかマシュマロは降らなくなり、いつの間にかぐるりとデパートの店員に取り囲まれている。
店員たちは揃って笑顔を浮かべ、手には色とりどりのゴムボールを持っている。
一体、何が起こっているのかと考える間もなく、店員たちが次々にボールを投げつけつけてくるので、片端からキャッチしていく。もはやポケットはいっぱい。捕った端から、空へ向かって投げる。
それを見て、集まっていた客たちは、やんやの大喝采。
ようやく最後のボールをキャッチすると、周囲の店員たちが割れんばかりの拍手をする。
最後のボールを手にしたまま、わけがわからずぼんやりする。
「今日からあなたがこのデパートの支配人です!おめでとうございます!」
そんな脳天気な声がどこかから発せられ、今まで空へ投げたボールが一斉に降り注ぐ。
ポケットからは真っ白な鳩が飛び出し、デパートの周辺上空で群れをなして周回飛行している。
マシュマロは?と思ってポケットを探るがもぬけのからになっている。
あ。と思ったら、口からぽぽぽんと三羽の白鳩が飛び出して、群れに加わった。