早朝、蓮を見に行くと、蓮に混じって手が咲いている。 誰か水中に沈んでいるのかと思ったが、目の前を通ったおばさんが、あら綺麗な花。などと言って写真まで撮っているからには花なのだろう。 手に見えているのは自分だけなのだろうか。 翌日見に行くと、隣…
友達のもちだやいこちゃんは、牛をたくさん飼っているお家の子です。 畑がたくさんある中に、牛がいる広い場所があって、そこは太い針金で柵がしてあります。 針金には牛が逃げないように、ちょっぴり電気を流しているんだよ。そう言って、やいこちゃんは、…
マンションの外廊下を歩いていると、一軒の部屋の窓に誰かが内側から顔を張り付けていた。曇りガラスだが、よほど顔を密着させているのか、目鼻立ちまでしっかり見分けられるほどだ。 部屋に電気はついていない。顔の左右には掌も張り付いている。 ほんの一…
内容紹介 わずか数百文字で綴られた、さまざまな「恐怖」のカタチ。 『お見世出し』で、日本ホラー小説大賞・短編賞を受賞した森山 東をはじめ、松本楽志、たなかなつみ、赤井都、タカスギシンタロ、峯岸可弥など、手練の書き手が集いました。 「カラダ」「…
梅雨の合間の、ひととき雨のあがった朝だった。湿度が高くて、気温は少し低い。快適とは言いがたい一日の始まりだ。 濡れた傘を干しておくと、近所に住んでいるトカゲがいつの間にか傘の上にいる。 風が吹いて、傘がぐるりと転がって、あわてて助けに駆けつ…
映画を観に行った。 公開前から楽しみにしていた映画で、アクションシーンに息をのみ、謎を解くシーンに身を乗り出し、時折のぞくコミカルなシーンに笑いをこぼし、すっかり夢中になった。 いよいよのクライマックス、というところで座席にドン、と振動。 僅…
てのひら作家、峯野嵐さんのご冥福をお祈り致します。
本を積む。 本棚に収まりきらなくなった本を積む。どんどん積む。 そんな調子で毎日のように本が増える。まだまだ積む。 この高さくらいならば崩れまい。大きさもだいたい揃っている。 そう思った頃合には必ず小鬼が現れて、もっともバランスの悪そうな山の…
午睡から覚める。家人はみなそれぞれに出かけてしまい、自分以外は誰もおらぬ。 薄ぼんやりとした頭で、意味もなくうっそりと辺りを眺めやる。 腰掛けの上に載せた小さなカリンバの穴から、小指ほどの何かが覗いている。 見れば肌の黒い、人の形をしている。…
昼下がり。水鳥が、水面に着水する様を飽きずに眺めていた。 近所にある、広すぎず狭すぎない幅の川だ。 水質は、あまり良いとは言えないが、最悪の時に比べるとかなり良くなったとも言える。 カルガモが最もよく見かける水鳥で、他にもコガモやマガモ、シラ…
暗闇で目が覚めた。 時間の感覚がないまま、慣れた感触の掛け布団の手触りだけがやけに明確に感じられる。 それにしても、何故こんなに暗いのだろう。普段なら固定電話の小さな緑色のランプが見えるはずだ。停電しているのだろうか。それとも、寝相が悪くて…
探されているけれど、どこにもいないのは知っていた。 ここにいるけれど、最早どこにもいない。 自分の足が見える。 手も。 お前の旋毛はこんなに後ろにある。 旋毛を押すとどうなるんだっけ。 「やめろよ」 僕が言うと、兄は肩先に静まり返った。 ずっとぶ…
散歩中、言われました。 「わわわんとしていなさいよ」 意味が分かりませんでしたので、立ち止まって振り返り、よくよく顔を見ました。 「わわわんと、していなさい」 「わわわんと」 言われたように返事をしたつもりでしたが、なんだか切なげな、鳴き声みた…
どすん、といえば何か重い物が地面などに落ちて来た時の音ということになっている。 その音が、唐突に頭上で聞こえた。 咄嗟に身を屈めてみる。音が聞こえた時点ですでに落ちているのだからどうしようもないはずなのだが、音のわりに何の衝撃もない。 なんだ…
ある怪談の本を読んでいると、いつの間にか本を持っていた両手が真っ黒になっている。 びっくりして良く見れば、煤けている。 手を洗いに洗面所へ行き、水道の蛇口をひねろうと手を伸ばして、また驚いた。 煤などどこにもない。本のインクの汚れすらない。 …
夜の空気も大分、春らしくなり、刺すような冷たさはない。 仕事を終えて、家までの道を辿る。 橋を渡る。夜の川は、黒く、どろりとしている。 上流から何か白い物が流れて来るのが見えた。 タオルか何かだろう。と、見当をつけて眺めていると、真っ白い、非…
鎌倉から帰るため、Kは恋人と一緒に電車に乗って、七人がけの座席に並んで座った。一番端に恋人が、その隣にKが並ぶ形だ。 車内は空いていて、はじめこそ二人で、今日巡った場所や、他愛のない話題で盛り上がっていたが、じきに心地良い揺れと歩き回った疲れ…
真夜中、何の前触れもなく、はっきりと目が覚めた。 寝起きが悪いためにあまりないことだった。訝りながらも、身を起こす。 すると、急に尿意をもよおした。もしかすると、これで目が覚めたのかも知れない。 ひとり苦笑いしながら、トイレへ向かう。 廊下の…
家の近所に、大きなガレージのある家がある。 夜、その前を通った時、ガレージのシャッターが半分くらい開いているのが見えた。 風のせいなのか、シャッターが、がしゃりと音を立てる。 音につられて、そちらに目を向ける。 ガレージの中は、空のようだ。 半…
熱が出た夜は、眠ると必ず同じ夢を見た。 夢とも、幻覚ともつかぬようなものだ。 暗くて、狭くて、ぐにゃりと長い場所を、いつまでもいつまでも通り抜けていく。 どこかに出る前に、必ず目が覚めた。 目が覚めると、しんと静まり返った暗い部屋。 天井が、う…
桜の木が、開花する間近になるにつれ、幹に、うっすらと色を蓄えている。 その艶めかしさと、春らしい初々しさが、まるで恋人のようで、幹に手を伸ばさせる。 木肌の感触が、かじかんだ手を温めるようで。 風邪などひいていないですか、春はもう土の中を満た…
昨日降った雪を少し集めて、雪兎を作った。 そこへ兎が通りかかり、僕が雪兎を紹介するより早く、ものすごい勢いで雪兎をつかむと、まるでボーリングでもするようなフォームで雪兎を吹っ飛ばしてしまう。 一体どうしてまた、そんなことを。と、言おうと思う…
兎の真似をして、誰にも会わずに本を読んで、あとは一日空でも眺めて過ごしてやろう。と、思い立つ。 でも、おなかが空いた時のために、マフィンを用意してみた。 マフィンだけをもそもそ食べるのも寂しいと思い、マフィンを食べる時にお茶が飲めるようにと…
誰にも会わずに、本を読んで、あとは空ばかり見ていました。とは、兎の台詞。何を読んでいたのか訊ねると、コクトーです。と答える。
僕の家に、ひとりで遊びに来た、隣の家の子猫が、あまりにも眠くてぐにゃぐにゃになっていたので、膝を貸してあげた。
兎と会話をした。 「ねえ、太巻きは食べましたか?」 「そういえば、食べなかったよ」 「わたしもです」
地下にある郵便局から兎に手紙を出そうと思う。けれど、地下にもぐる入り口が見つからない。
鳩が嬉しそうだった。 箒を持った若者が、せっせと豆を掃き出しているからだろう。
誰もが豆を撒こうと息巻いてる気がしてならない。 そんなはずはないのに。
何年も前の三月の始めに、テレビのニュース番組で波間を漂う猫の映像を見た。 猫は生きていて、泳ぎもせずにただ浮いて漂っていた。 それが何故ニュースで取り上げられたのか、どんな内容だったのか、何故猫をそのままにしておくのか、分からないことばかり…