超短編『梅雨』

 梅雨の合間の、ひととき雨のあがった朝だった。湿度が高くて、気温は少し低い。快適とは言いがたい一日の始まりだ。
 濡れた傘を干しておくと、近所に住んでいるトカゲがいつの間にか傘の上にいる。
 風が吹いて、傘がぐるりと転がって、あわてて助けに駆けつけたが、トカゲは別に何事もなかったように傘の縁につかまっている。
「ねえねえ、ここほら、見て。生えたんだ」
 傘が転がったことなど全く気にしていないらしい。そう言って、トカゲは尻尾の先を見せる。
 確かに、尻尾の先2センチほど色が違う。
「よかったね」
 切れた尻尾の先は、猫が食べてしまったのだという。
「君はちょっと、トカゲなのにおっとりしたところがあるから、日なたぼっこの時は気をつけた方がいいよ」
「うん、まあねえ」
 トカゲは、長い青い舌をちろちろっと出して、目を細める。
 トカゲの視線の先には、梅雨のどんよりした雲が広がっていたが、だからといって憂鬱な気分にはならなかった。