超短編『後ろの席』

 映画を観に行った。
 公開前から楽しみにしていた映画で、アクションシーンに息をのみ、謎を解くシーンに身を乗り出し、時折のぞくコミカルなシーンに笑いをこぼし、すっかり夢中になった。
 いよいよのクライマックス、というところで座席にドン、と振動。
 僅かに気を削がれたが、まあ、足を組み替えてちょっと当たってしまうことはよくある。そう思ってスクリーンに集中しようとしたところで、ドンドン。
 衝撃は、確かに真後ろから自分の座っている座席を蹴り上げている。
 なんだ、いいところで、喧嘩を売っているのか。
 それでも、映画はあと少しで終わる。終わったら文句を言ってやろう。
 しばらくして、隣の席に座っていた女性が、後ろを振り向いて、何故かさっと席を立ち場内から出て行ってしまった。


 エンドロールが流れ始め、そこでようやく冷静になる。
 自分が座っているのは、一番最後部の席であった。
 座席の後ろはすぐ壁で、人が入り込める余地などない。
 普段はエンドロールが終わって場内が明るくなるまで座っているが、そそくさと席を立つ。