超短編『振動』

 駅でホームへ続くエスカレータに乗る。ホームが高い位置にあるので、妙に長い。
 エスカレータを歩くのは感心しないが、かといってそれを咎める気概もないので、左側へ寄って右側をあけている。
 半ばまで進んだあたりで、誰かが段を踏み締めて上がってくる。
 トントンと振動が次第に近付いてくる。
 階段を上がれば良いのに。と思いながら、迫り来る足音に、さらに左側へ身を寄せた。
 しかし、背後まで来た足音と振動がぴたりと沈黙する。
 右の肩越しに振り向いてみるが、誰もいない。すぐさま左の肩越しに振り向いてみるが、やはり誰もいない。
 それで今度は、体を反転させて、真後ろを向いてみた。
 エスカレータに乗っているのは、自分だけだった。