超短編『悲鳴』
ある年、新入社員が入社したばかりの頃だった。社内で火災警報の誤報が四日連続で起こった。
警報のベルの音が、少し歪んで、まるでけたたましい悲鳴のようだったので、これは火災報知器が壊れたのだろうということで、二日目に全てを点検。異常が見つけられず、結局四日目にすべて交換することになった。消防署も交換に来た技術者も、こんなおかしな壊れ方は初めてだと首を傾げていたが、以来、悲鳴のような警報ベルは鳴らなくなった。
新入社員も半年すれば、大分慣れてくる。私の部署に配属されたKという女子社員と、昼休みに世間話をしているうちに、火災警報の話になった。すると、いつも快活な彼女の表情がみるみる暗くなる。一体、何かあったのだろうか。理由を聞いても、なかなか口を開こうとしない。
「たぶん、わたしのせいなんです」
ようやく口を開いたと思ったらそんなことを言う。さらに粘り強く聞いてみると、思い切ったように話し始めた。
「小学校に入学してから、毎日のように、あの悲鳴みたいな警報ベルが通っている学校で鳴り響きました。でも、鳴らない日もあって、だんだん、鳴らない日に私があることをしているのに気がついたんです」
「あること?」
「悲鳴をあげることです」
つまずいて小さく「きゃ」と悲鳴をあげた日や、消しゴムを落として「あっ」と声をあげた日には、あの警報の音が鳴らなかったのだそうだ。以来、毎日何かしら小さな悲鳴をあげているのだという。
その話を聞いた翌日、悲鳴をあげないように言ってみたところ、やはり悲鳴のような音で警報ベルが鳴り響いた。
数年後に、彼女は寿退職した。
彼女が会社を去ってから、四日連続で火災警報が鳴る。あの悲鳴のような。やはり原因不明で、火災報知器の交換が行われることになった。
まさか、会社を辞めた彼女に毎日悲鳴をあげてくれと頼むわけにもいかず、試しに彼女の真似をして、ボールペンを机から落として「あっ」とやってみた。
以来、警報の誤報が起こる事はなく、私は毎日机からボールペンや書類やクリップなどをわざと落としては、声を上げている。
家に帰っても、彼女にこの話はしない。
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1000字企画「雲上の庭園」第2回テーマ「現実に溢れる虚構」投稿作品