超短編『秘密』

 風暦が秋を告げ、金木犀の木はそれとなく花を咲かせる支度を始めている。
 その証拠に、木の幹に顔を寄せると、幹からうっすらと花の匂いがする。
 幹に指を滑らせると、木が幹をくねらせたような錯覚を覚える。
 頭上で枝葉が、こそりと鳴る。
 鳥でも隠れているのかと見上げ、目を凝らすと、枝が一本だけ不自然に揺れるのが見えた。
 恥ずかしがり屋だと、悪戯に声をかけてみた。
 途端に、今揺れていた枝につき始めたばかりの小さなつぼみが、みるみる膨らみ金色を帯びる。
 一斉に花を開き、辺りにあの香りが広がる。
 そうしてはらはらと花をこぼして、思わず差し出した両手のひらに落ちてきた。


 金木犀が花盛りを迎え、街中いたるところからあの香りが届く。
 先だって花を散らしたあの枝だけ、緑色の空間がある。
 この金木犀の前を通るたび、ふたりだけの秘密だと言わんばかりに、こそりと枝が揺れる。