超短編『何の音だ』
浦島太郎は、つとめて気にしないようにしていた。
文庫本ほどの大きさの小さな箱は、一昨日、彼女からプレゼントされたもので、一昼夜騒ぎ明かした竜宮城で家に帰ると申し出ると、うやうやしく手渡されたものだった。来た時と同じように、浜辺で子供たちにつつかれていたウミガメの背に乗って帰った。
その時もらった箱の中で音がするのだ。
乙姫は、決してこの箱を開けるなと言う。
音は、決して気忙しく鳴っているわけではない。遠慮がちに、コ、コト。しばらく間を置いてまた、コトト、ト。一日中そんな調子である。
最初は、あまり気にならなかった。しかし、その遠慮がちな音は未だに鳴り止む気配がない。もしかして、何か生き物が閉じ込められているのだろうか。
動物好きの太郎としては、もしそうなら放っておけない。
しかし、乙姫は開けてはいけないと言った。
箱の前に正座して、箱の中央に掛けられた品の良い紐をほどくべきか否か、太郎は真剣に悩んでいる。
コト、ト。
何の音だ。