超短編『隙間』

 朝の通勤電車に乗り込む時、何気なく足下に目をやると、ホームと電車の隙間が広く開いている。
 その隙間の開いているところに、ぴったりと人の顔が上を向いて、はまっている。
 あまりにも現実感のある顔だったので、一瞬、本当に誰かがうっかり落ちて、はまっているのかと思ってしまったくらいだ。
 けれど、そのようなところにぴったりとはまって、顔の形が歪まないはずがない。いくら隙間が広く開いているとはいっても、顔を入れられるほどではないのだから。
 おまけに、目の端が引っ張られていたり、口がひしゃげていたり、不自然に伸びていたりもせず、収まっている。ますますありえない。
 顔を見ていたのはほんの一、二秒のことだっただろう。
 妙に疲れたような、どこかで見たことのあるような、かといって知っているわけでもないその顔は、振り返って確認しようにも、次々と乗り込んでくる乗客の足の向こうに既に見えない。
 乗り込んでから急に動きを止めて振り返ったので、後から乗り込んで来た相手にひどく迷惑そうな顔をされた。