短編『レミング』

昨日、叔母さんがいらなくなったからと言ってレミングを持ってきた。
旧型のレミングだったけれど、それほど使われた形跡もなく、箱から出したばかりのように新品だった。
由宇はレミングに、しかも旧型のものになんてまったく興味はなかったけれど、さも欲しくてたまらなかったというように、全力の笑顔を浮かべて叔母さんにお礼を言った。機嫌を損ねると、話が五倍は長くなるのだ。
叔母さんは上機嫌で由宇の頭を撫で、レミングについて説明を始めた。
知っていると思うけれどレミングは絵を描くのよ。人工知能やいろいろな機械が内蔵されていてね、持ち主の服装や部屋の内装や家具、食べ物の嗜好や読んでいる本、話し方や表情、体温、呼吸数や脈拍そんないろいろな情報を総合して持ち主のために絵を描いてくれるの。いろいろなことを教えると、だんだん賢くなって、素敵な絵を描いてくれるわ。
まあ所詮は機械だから、うまくいけばの話ですけれど。
そして叔母さんはうまくいかなかったんだね。捨てるのにもお金がかかるし、もらい手もなくて持ってきたんだね。由宇は心の中でそう呟いたけれど、黙ってにっこりしたまま叔母さんを送り出した。
叔母さんが帰るのと同時に雪が降り始め、翌朝には見違えるほどに世界は美しくなっていた。
それで由宇も少しだけレミングに寛容な気持ちになって、しっかり着込んでからレミングを外へ持ち出した。
レミングは早速、さくさくと雪の上に踏み出し、プログラムされた行動を始める。
ぱっと、雪の上に赤い色が散って、てんてんとさんさんと不連続な模様を描き出す。
幻想的やわ。隣のお姉さんが、二階の窓からのぞき込んでそう言った。
誰も踏んでいないまっさらな、ひろい、しろい、雪の大地に幻想的な赤い色。
調子づいたレミングは、真摯な面持ちで黒い色を散らし始める。
てんてんとざんざんと黒い色が散って、赤い色と黒い色の不規則な乱れ打ち。
抽象的だな。今度は反対側のお隣のお兄さんが、二階の窓から顔を出して言う。
調子づいたレミングは、真剣な眼差しで青い色を散らし始める。
ねえ、レミング。桃色にしようよ。桃色にしようよ。
レミングは由宇の言うとおり、綺麗な薄桃色を散らし始める。


雪の上に巨大な桜の木が花を散らせている。
レミングはじっと由宇を見て、雪の上の桜が大成功であると理解する。
記録・記憶。レミングの新しい持ち主は由宇だ。
旧型だし、レミングなんてなんの役にも立たないと思っていたけどさ、叔母さんにどんな絵を描いたの?ねえ、レミング。素敵な絵だよ。ありがとう。
小さな機械に向かって、由宇はにっこりと笑う。