超短編『かはたれぞ』

「お母さんの声がするのに、お母さんがいないの」
まだ幼い娘が、頬に畳の跡をつけて目をこすっている。
夕暮れの色がじんわりと窓から差し込み、部屋の中を茜色に滲ませている。
畳の上に長く伸びた影。風が窓をカタンと鳴らす。
カタン、カタカタ。
「どうしたの?お母さんはここにいるじゃないの。さあ、いらっしゃい」
目の前で洗濯物を畳んでいた母親は、笑いながら両腕を広げている。