超短編『恋人たち』

朝の満員電車の中で、人目も憚らずに向かい合わせに身体を密着させているカップルがいた。
ただでさえ、見ず知らずの他人同士が否応なしに密着せざるを得ない状況にあって、お互いが望んで密着しあっている存在は正直鬱陶しい。余所でやってくれと言いたくもなる。
電車に乗り込む際、人の波に押されて、たまたまそのカップルのすぐ脇に背中を向けて密着する形になった。すると、低く抑えた二人の会話が聞こえてくる。


ねえ、これどうやったら外れるの?
…外れるっていうかさ、癒着してる場合はなんて言うの?剥離?
知らないわよ、そんなの。
これ、今日どうやって会社に行けばいいの?二人でどっちかの会社に行く?
どこの世界に恋人くっつけたまま出社する人がいるのよ!しかも片手が使えなくてどうやって仕事するの!
もちろん手伝うよ。
そんなことより、本当にどうやったら外れるの?どうやってくっついちゃったの?


甘い言葉でも交わしているのかと思ったが、どうやら二人はくっついてしまったらしかった。
どこがどのようにくっついてしまったのだろう。混雑した車内では満足に体の向きを変えることもできない。
聞こえた話によれば、お互いの片手が癒着した状態で、女性の方はどうしてくっついてしまったのか分からない。男性の方は、寛大な性格なのかあまり深く考えない質なのか、困った様子が見受けられない。

そうこうしているうちに、降りる駅に到着してしまい、結局二人がどうなったの分からぬままである。